「はぁ…寒いなぁ」
何度目か分からない白い息をため息と一緒に吐いた。クリスマスの陽気な音楽が流れていて、今はそんな気分じゃないのにと少し嫌になる。
でも今日はホワイトクリスマスで、浮かれていないわけではない。ただ、気合いを入れすぎただけだ。気合いを入れすぎて、集合時間の1時間前に着くという、真冬で、しかも雪が降った日に間違った行動をしたせいだ。
私が待っている相手、彼は、いつも遅刻ギリギリの私より先に集合場所に着いていて、私が
「ごめん、待ったよね」
と言ってから
「全然。今さっき来た」
という会話をしてからいつもデートが始まる。
私は知っている。彼が今さっき来たわけではないということを。
でもさすがの彼も今日はまだ来ていない。
マフラーはつけたのに手袋を忘れてしまった馬鹿な私は手を擦りながら首を動かす。無駄だとは分かっていても彼を探した。周りには赤、緑、黄色の光がキラキラと光っているし、幸せムードも漂っている。
会いたい気持ちが強くなっていくのに、
時間が過ぎるのが遅い。こういう時に限って、時間は私の味方をしてくれない。スマホを見ても集合時間まで、あと30分もあった。
肩を落として、自分のすぐ真横にある木を眺めてみた。
「ねぇねぇ、そこの女の子」
私が求めていない声が聞こえた。誰だか知らない声だったので驚いて振り向くと、もちろん、誰だか知らない人だった。
「な、なんですか」
「今空いてる?俺と一緒に遊ぼーよ」
空いているわけがないし、知らない人と遊ぶなんてのは、もってのほかだったので
「ごめんなさい、空いてないです」
と素直に言った。相手の高校生らしき男子は「えー、ちょっとぐらいいいじゃん」
と引き下がってくれない。もちろん私より背が高くて、少しいかつくて、私が苦手なタイプだ。「ね?」と私の顔を覗き込んで挙げ句の果てには腕を掴んできた。怖くて仕方がなくて、腕を振り払うことすらできずに固まってしまっていた。もうどうしようもないと諦めかけたし、デートに張り切りすぎたことに後悔もした。
ちょうど、その時。
「あの、何してるんですか」
私の聞き覚えのある声をした人は、私の腕を掴む知らない男子の手を引き離した。私の大好きな声だった。
「こいつ、俺のなんで」
それから彼は私の手を握って、その男子に見せつけた。男子は一瞬驚いてからニヤニヤしだして、
「え?俺の、なんだって?」
と尋ねた。男子が何を聞きたいかが、馬鹿な私にでもなんとなくわかった。
私の手を握る彼は言いたくなさそうな顔を一瞬してから、
「俺の、彼女です」
とはっきりと相手に聞こえるように言った。
いつも通りの彼じゃなくて、今度は驚きで固まってしまいそうだった。
「へぇ、そうなんだ。んじゃ、お幸せに」
その男子は満足げに笑ってから走って去っていった。まるで、台風みたいな奴だった。
「ありがとね、助けてくれて」
彼がちゃんと言ってくれたことが、とてつもなく嬉しかった。彼がいなければ私はどうなっていたのか想像すると怖すぎる。
ただ、いつの間にか離れた手に気づいて、ちょっと悲しくなったけれど。
「ん。早めに行っとこうと思ったら男に絡まれててびっくりした。良かった、間に合って」
彼が優しく笑うので私も自然と笑顔になって「ありがとう」ともう一度お礼を言った。
安堵の気持ちで心がいっぱいだった。
「てかさ、もう一回さっきの言葉言ってよ」
「はあ?さっきの言葉ってなんのことだよ」
彼はとぼけたけれど、私は彼のことはお見通しなので、すぐに分かってしまう。
「俺の彼女、って言ってくれたやつ」
「そんなこと言った覚えねぇぞ」
恥ずかしがってるだけだな、これは。
「じゃあその赤くなった耳は何ですかー」
「寒いからだよ、バーカ」
いつも通りの言葉はただの照れ隠しにしか過ぎないので全く傷つかない。もう慣れている。
「つーか何でこんな寒い日に外なんだよ」
彼はポケットに手を突っ込んで歩いていて、手を繋ごうとする様子はない。ちょっとがっかりしながら「私が期末テストで全教科平均以上取れたら、なんでも言うこと聞くって言ってくれたのはどこの誰よ」
と言ってみると彼は私の顔を覗き込んで
「それは玲が赤点取らないようにやる気出させてやろうと思っただけ」
と無表情で言った。あの男子にも顔を覗き込まれるようにして言葉をかけられたけれど、やっぱり全然違って、心が暖かくなる感じがした。玲、と私の名前を呼ぶ彼に、「馬鹿ですみませんねー」と笑う。馬鹿なりの努力の結果だ。まあ、私に勉強を教えてくれた彼のおかげでもあるので本当に感謝している。
「…そういうことじゃねぇよ」
小声でそう言う彼に「なにが?」と尋ねると
「よく頑張ったな」
と、私の頭をぽんぽんと触れた。彼からこういうことをしてくれることは初めてだった。
もしかしたら、テストを頑張ったご褒美として、デートだけじゃないプレゼントをくれたのかもしれない。
「あ、ありがと」
嬉しさと驚きが混ざって、幸せだった。
ただ、相変わらず彼はすぐに顔を背けてしまったけれど。

それからはイルミネーションが光る道を歩きながら、くだらないことを話しては笑った。
ホワイトクリスマスでイルミネーションを見ながらデートをすることは私の夢だった。彼のおかげで夢が叶った。生きてて良かったと本気で思えるくらいだ。
冷たい風が吹き、摩擦に頼ってみても、私の手は温まってくれない。
そんな時、彼は口を開いた。
「俺の手、あったかいけど繋ぐか?」
「え?」
突然彼から差し出された手に戸惑ってしまう。
それはただ私が寒そうにしたせいなのか。
それとも、私と手を繋ぎたいのか。そんな妄想をしながら
「ありがと。優しいね」
と笑った。すると、彼は「ん。」とだけ言って
私の手を握る。
「つめてぇな、玲の手」
そう言ってから私の手を彼はポケットに入れる。温かい。落ち着くのが不思議だ。
「やっと言えた」
彼がそう呟いたように聞こえて、聞き返す。
「え、俺なんか言った?今」
「なんか、心の声漏れちゃいました、みたいな感じだったよ?」
笑みがこぼれて、彼の顔を見ると、寒さなのかはよく分からないけれど、赤く染まっていた。
「ごめ、忘れて?」
「ええ…逆に気になるじゃんそれ。やっと言えたってどういう意味なのー」
「なんとなく分かってんだろ、その顔は」
彼がそう言うということは、私の妄想はどうやら間違ってはいなかったらしい。
最近ちょっと素直な彼に、
「ふふっ、そっかそっか」
とだけ答える。
目的地のカフェまで、あと少しだ。

カフェにつくと、カップルばかりで彼は少し嫌そうな顔を見せたけれど、そんなのは気にせずに私は席に座った。前から調べて知っていた可愛くて小さめのクリスマス限定のケーキと紅茶を注文することにした。
「成瀬くんは何頼むの?」
彼の名前を呼んだけれど何も返事をしない。
多分、何を頼むか必死に考えている。彼は考え事をしている時は周りの音は一切聞こえなくなってしまうので、困る時もあるけれど、そんな彼は面白いと思えるし、どこか可愛いとさえ思ってしまうのだ。
彼はまだ悩んでいるようなのであたりを見回すことにする。プレゼント交換をしている人たち。楽しそうに話している人たち。みんなが幸せそうだった。
しばらくの沈黙の後、
「玲は何頼む?」
と聞かれた。答えると、
「じゃあ俺も同じので」
と彼は1人で頷く。さっき考えていた時間はなんだったんだろう、と思いながらもちょっと抜けているところがある彼らしいと思う。
店員さんを呼んで注文してから、私はあることを思い出した。
「ねぇ、今日って付き合って3ヶ月記念日?」
忘れていた。最低だ。私から告白して、付き合って、なのに。
「そうだろ。忘れてたのかよ」
その口調からして、彼は覚えていたようだった。彼女失格すぎて、落ち込んだ。
ちょっと気まずくて何を言おうか考えていると、彼からデコピンをくらった。
「ちょ、痛いって」
「忘れんなよ記念日ぐらい」
拗ねる彼にすぐ謝った。気持ちは分かるし、私も、もちろん反省している。
「私、何にも持ってないんだけど…」
自分から3ヶ月記念日がきたらプレゼント交換をしようと、ワクワクしながら話していたというのに、忘れていたなんて。
「そうだと思って俺もなんも持ってない」
彼は私のことをよく理解しているらしい。
「じゃあさ、この後お店行こ!キーホルダーとか買お!」
「ん。分かった」
これで彼ともっと一緒にいられると思って嬉しかった。
注文したケーキが届くと、彼も私も笑顔になる。
「すごい美味しそうじゃん」
「だな。いただきます」
律儀に手を合わせる彼の真似をして、私も「いただきます」と手を合わせる。
「んー!おいしっ」
「甘い…うまい…」
甘党の彼はとろけるような目をしていた。
もちろん甘党の私もほっぺたが落ちそうなくらい美味しいケーキを堪能する。
ふと視界に映った隣のカップルさん達も同じようにケーキを食べている。いや、同じようではなかった。
「あーん」と口を開けた彼氏に彼女がケーキを口に運ぶ。第三者からみたら自分のケーキを食べばいいじゃないかと思うかもしれないけれど、そういうわけではない。私だって憧れる。
見るのをやめて視線を彼に戻すと、彼も隣を見ていて、やっぱり同じこと考えてるのかな、なんてことをまた妄想して、こっそり笑った。
彼は顔の向きを隣の2人から戻したかと思うと
口を開けていた。
「え?どうしたの」
なんとなく理由は分かるけれど、でもあえて聞くことにする。
彼は一度口を閉じて何かを言いかけたかと思いきやまた開いた。これは、察しろということなのか。でも私の勘違いの可能性もあるので、もう一度「どうしたの」と尋ねる。
彼は口を閉じた。目の色が少し変わった気がした。色に例えるなら青色で、多分これはがっかりさせたやつだ。
「別になんもねぇよ」
少し悲しい声が聞こえたけれど、でも、
やっぱり彼をがっかりさせたままにしたくない。そう思って、
「じゃあ、私に好きって言ってくれたら、なんでも願い叶えてあげる」
と自分でも分かるほど急に言った。
「はぁ?嫌だわこんなところで」
「そんなこと言ってるけどさ、一回も言ってくれたことないんだからね?」
そうなのだ。彼は私に好きと言ってくれたことは何度記憶を辿ってみても一度もない。
ー「好きだよ」
ー「俺も」
こんな感じで、いつも「俺も」だけで「好き」は一度もなかった。
「一回は言っただろ」
「いや、言ってないよ」
「ぜってぇ言った」
「でも今言わないと私、願い叶えてあげないよ」
「じゃあ叶えなくていい」
「えぇ…じゃあさっきの何かを求めてたような顔はなんだったのよ」
「そんな顔、一瞬たりともしてないね」
「いや、してたから」
突然始まってしまった論争は、終わりそうにないかと思いきや、珍しく彼が折れたようだった。
「すっ、…バーカ言うわけねぇだろ」
「絶対言おうとしたでしょ」
真面目な顔をしていたから私には分かる。絶対言ってくれると思ったのに。期待したのに。
やっぱり彼は言ってくれないのかと落ち込んでしまう。言ってくれない気はしていた。素直になれない彼らしいけれど、でも言ってほしかったのに。
そんなことを考えながら彼を見つめていると、彼は1つ深呼吸をしてから玲、と私の名前を呼んで、顔を隠して、こう言った。
「…好きに決まってんだろ」
その言葉はあまりにも一瞬で、でも確実に私の耳に届いて、心に響いた。心から熱が広がっていく感じがして、嬉しくてしかたがなくて。
「ありがとう」
人生で一番嬉しいと言っても過言ではないくらいだ。
彼はやっぱり顔を隠したままで、でも私にも分かるくらいに真っ赤になっていた。
嬉しさに浸っていると、彼は落ち着いたようで
「これが俺の願い」
と言って小さく口をあける。私のケーキを少し取って彼に「ん?」と見せると頷いた。
私の想像はまたもや当たったらしい。
「はいっ、あーん」
「…ありがと」
恥ずかしそうで、でも嬉しそうな彼は口に運ばれたケーキを食べ終わってから
「10倍甘かったわ」
と呟くように言った。
「それは良かったね」
彼が嬉しいなら私も嬉しい。

*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。

足が、腕が、勝手に動いていた。守らなきゃと思った。
「あの、何してるんですか」
自分の前にいた知らない男が、俺の好きな彼女の腕を掴んでいた。怒りより焦りや不安が勝っていた。イケメンで、自分に自信がありまくりそうな、そんな男子から一刻もはやく玲を離さなくては、と思った。
「こいつ、俺のなんで」
絶対に奪われたくない。強くそう思った。
「え?俺の、なんだって?」
「俺の、彼女です」
大きめの声で、彼女と繋いだ手を見せつけながら言った。彼女の手は冷たかった。きっと寒い中待っていてくれたんだろう。
「へぇ、そうなんだ。んじゃ、お幸せに」
男は満足気に笑って走り去っていった。何が目的だったのかは分からないけれど玲をナンパでもしたかったのだろう。とりあえず離れてくれて良かった。これで安心して2人でいられる。でも、なんとなくずっと手を繋ぐのは緊張してしまうような気がしたので、手は離しておくことにする。
「ありがとね、助けてくれて」
上目遣いの彼女が、相変わらず可愛かった。
この身長差も、俺は気に入っている。
「ん。早めに行っとこうと思ったら男に絡まれててびっくりした。良かった、間に合って」
いつも集合時間の30分前に来るようにしているのは、さっきのようなことが起こらないようにするためなのにな、なんて反省しながら「今日どんだけ早く集合時間に着いたんだよ」と尋ねる。
「1時間前に着いちゃった」
えへへ、と笑う彼女に
「アホか、早すぎんだろ」
とツッコんだ。さすがに早すぎる。だから男に狙われるんだよ。
「ちょっと気合い入りすぎちゃった」
ちょっとどころではなくないか、と思いながらも彼女らしいと思った。初デートの時だって1時間前には着いていたと話していたのを思い出す。
「てかさ、もう一回さっきの言葉言ってよ」
目を見ただけで分かる、彼女から溢れる嬉しさを察して、なんの言葉かはすぐにわかった。
「はあ?さっきの言葉ってなんのことだよ」
でも、もう一回言うなんて罰ゲームかなんかだろうか。玲を守ることに必死でカッコつけたセリフを思い出して恥ずかしくなってしまった。
「俺の彼女、って言ってくれたやつ」
「そんなこと言った覚えねぇぞ」
本当はめちゃくちゃ覚えているけれど、できるだけ早く記憶から抹消したかったので言ったことを無理やり忘れることにする。
「じゃあその赤くなった耳は何ですかー」
「寒いからだよ、バーカ」
もちろん、そんなわけは無いのだけれど。
いやでも、まぁ、寒いけど。
「つーかなんでこんな寒い日に外なんだよ」
今は雪がパラパラと降っていて、何枚も重ね着したはずなのに、冷たい風が俺に突き抜けて吹くように寒い。
「私が期末テストで全教科平均以上取れたら、なんでも言うこと聞くって言ってくれたのはどこの誰よ」
「それは玲が赤点取らないようにやる気出させてやろうと思っただけ」
玲の顔を覗き込みながら言ってみたが彼女は動じない様子。ドキドキしてくれると思ったのに、なんてことを思ったのは束の間、玲は
「馬鹿ですみませんねー」と笑った。
やっぱり俺は自分の気持ちを表現するのが下手らしい。そんでもって、素直になれないらしい。やる気を出してくれたらそれはそれで良いけど、デートだって誘おうと思ってたし。
まぁまさか俺が考えていた同じ場所で同じようなことしたいってのは驚いたけれど。寒すぎてつい言ってしまった言葉に、このデートが嫌だという意味がこもっているように聞こえると思って、少し後悔する。
「…そういうことじゃねぇよ」
ここはちゃんと、思ったことを伝えなければと思って「なにが?」と尋ねる彼女に言った。
「よく頑張ったな」
頭をぽんぽんと触れて、見つめてみる。
「あ、ありがと」
玲は照れた様子で目を逸らした。よし、これはドキドキ作戦成功だ。とか思いつつ、玲よりちょっと後に目を逸らしてしまった俺もいつも通りだな、なんてことを考えた。
たとえどんなに寒くても、玲と居られれば幸せだ。

それからはイルミネーションが光る道を歩き続けた。さっき繋いだのに離してしまった玲の手をまた後悔しながら、どのタイミングで手を繋ごうか考えていた。急に繋ぐのもな、と思っていると玲は手を擦って温めていた。
「俺の手、あったかいけど繋ぐか?」
玲は「え?」と言って一瞬驚く顔をみせながらも「ありがと、優しいね」と笑った。
「ん。つめてぇな、玲の手」
別に優しくなんてなくて、手を繋ぎたかっただけで。そんなことは言えないけれど、ポケットで手を温めていて良かったと思った。
「やっと言えた」
このまま玲の手を冷たい空気に晒し続けていたと思うと、自分がダメな彼氏に思えてくる。正直、遅すぎたな。今度からはもっと早く繋ぐようにしよう。ていうか、最初からずっと繋いでいるようにしよう。
「え、どうしたの?」
玲が笑顔で尋ねてくるのですぐに自分が何をしてしまったか理解できた。
「え、俺なんか言った?今」
とぼける作戦も通用しないようで、
「なんか、心の声漏れちゃいました、みたいな感じだったよ?」
と玲の笑みがこぼれる。
思わず声にしてしまった。自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。
「ごめん、忘れて?」
「ええ…逆に気になるじゃんそれ。やっと言えたってどういう意味なのー」
ニヤニヤするような、でも嬉しそうな顔をした玲を見る。玲はすぐに顔に出るから何を考えているのかよく分かる。
「なんとなく分かってんだろ、その顔は」
最近、玲は俺の脳内を分かってきたようで、ほんの少し怖くて、結構嬉しかったりする。
「ふふっ、そっかそっか」
目的地のカフェまで、あと少しだ。

カフェに着くと、どこをみてもカップルまみれで正直気が引けた。けれど俺も調べた時、全部ここのケーキは美味しそうだと思ったので、何も文句は言わず席に着く。
「成瀬くんは何頼むの?」
どうやら玲は決まったようだ。
でも、どれも美味しそうに見えて、全部食べたいぐらいだ。もちろんクリスマスケーキも美味しそうだし、チーズケーキもタルトも、甘党の俺にはどうしても1つに決められなかった。
「玲は何頼む?」
「そのクリスマスケーキだよ」
玲がメニュー表に指を指したケーキを見て、
「じゃあ俺も同じので」
と同じものを頼むことにする。やっぱり、玲と同じものがいい。
考えた時間はなんだったんだ、とも思うが、
悩むのも楽しいので気にしない。
手を少し上げて、定員さんを呼び、彼女の分まで注文する。
カフェに着くまでにいろんな話をしたせいで話すことが尽きてきたと感じていた束の間、玲が口を開いた。
「ねぇ、今日って付き合って3ヶ月記念日?」
玲が不安そうな顔をした。どうやら忘れていたらしい。
「そうだろ。忘れてたのかよ」
最近、会話の中で記念日の話が一切出てこないのは不思議に思っていたけれど、案の定
忘れてたんだな、と少し悲しくなった。
「ちょ、痛いって」
玲は気まずそうな顔をしていたので、ちょっとだけ、デコピンという罰を与えることにする。
「忘れんなよ記念日ぐらい」
「ほんとにごめん!」
頭を机にぶつけるギリギリまで下げて、秒速で謝られて笑いそうになってしまったけれど、謝罪の気持ちは伝わった。そういうところがあるから、なんだかんだですぐに許してしまう。
「私、何にも持ってないんだけど…」
話は3ヶ月記念日のプレゼント交換についてに変わった。玲はワクワクしながら2ヶ月記念日の時に話していたというのに、なんで忘れてんだ。
「そうだと思って俺もなんも持ってない」
実はいろいろ調べた挙句、何がいいのかわから無くなってしまっていた俺。
「じゃあさ、この後お店行こ!キーホルダーとか買お!」
元気を取り戻した彼女に「ん。分かった」と微笑む。この後、本当は連れて行きたいところがあったのは、まだ秘密にしておこう。
ケーキが机に置かれると、玲は
「すごい美味しそうじゃん」
と目を輝かせた。可愛いサンタのクッキーが飾られたイチゴケーキ。すごくおいしそうだ。
「だな。いただきます」
きちんと手を合わせて言うと彼女も真似をするようにして「いただきます」と言った。
「んー!おいしっ」
「甘い…うまい…」
甘酸っぱい苺が口いっぱいに広がる。
玲はというと、美味しそうにケーキを頬張りながら隣のカップルを見つめていた。あえて視界に入らないようにしていたのに、気になって俺も見てしまった。
「あーん」と口を開けた彼氏に彼女がケーキを口に運ぶ。こんなとこで何やってんだよ、恥ずかしくないのかよ、といつもの俺なら思うだろう。でも、あまり思わなかった。
まあ、一瞬思ってしまったのは、ただ羨ましかっただけだ。隣の男みたいに素直に振る舞えることが。
見るのをやめて視線を玲に戻すと、玲は、にっこり笑っていた。何を考えているのか分からない顔だ。
そんな彼女だから、ちょっとぐらい、甘えたくなってしまった。少しだけ、口を開けてみてから、ケーキに視線を送る。
「え?どうしたの」
彼女は何が何やら分からないような表情に変わったので、一度諦めることにする。
でも、俺は知っている。玲は俺の考えていることは大体分かってしまうことを。
もう一度試みて、”察しろ”とアピールしてみる。けれど意味は無かったようで、もう一度、
「どうしたの」と尋ねられた。
言葉で言わなくちゃいけないことは分かっている。でも、言えない。
そんな素直になれない俺は
「別になんもねぇよ」
とだけ答えて、ケーキの二口目を口にする。
「じゃあ、私に好きって言ってくれたら、なんでも願い叶えてあげる」
急に言った彼女に俺はびっくりして、視線を向ける。玲の目はまっすぐに俺をみていた。
「はぁ?嫌だわこんなところで」
また素直になれない。いい加減にしろ、俺。
「そんなこと言ってるけどさ、一回も言ってくれたことないんだからね?」
そんなはずはない、と記憶を呼び起こす。玲は何回も言ってくれたその言葉。俺がめちゃくちゃ嬉しかった言葉。
「一回は言っただろ」
ごめん、言ってなかったわ。
「いや、言ってないよ」
よく覚えてんな。さすが。
「ぜってぇ言った」
ここで引き下がるわけにはいけないと、謎すぎるプライドが働いた。
「でも今言わないと私、願い叶えてあげないよ」
「じゃあ叶えなくていい」
そう言った1秒後に後悔した。ごめんなさい、叶えてください俺の願い。
「えぇ…じゃあさっきの何かを求めてたような顔はなんだったのよ」
「そんな顔、一瞬たりともしてないね」
「いや、してたから」
やっぱり俺のことよく見てくれてんだな。
そう思い、嬉しくなりながら息を1つ吸って、彼女をまっすぐに見つめる。
「すっ、…バーカ言うわけねぇだろ」
慣れないことを突然するもんじゃない。でも、あくまでもこれは予行演習だ。
「絶対言おうとしたでしょ」
悲しそうな表情をした玲を見て、もう一度心の中でごめん、と謝った。きっと、期待してくれていた。
もう一度、深呼吸をする。
たぶん顔を見ると心臓が持たないので、下を向いて、顔を手で覆う。
玲、と彼女にしか聞こえない声量で言った。
同じぐらいの声量で優しく「ん?」と返す彼女に、俺は気持ちを込めて言った。
「…好きに決まってんだろ」
恥ずかしくて、でも嬉しくて、幸せで。
一瞬だけ、時が止まったように感じて。
「ありがとう」
覆っていた手を少しだけ隙間を開けて、彼女の顔が見えるようにする。玲も苺よりも顔を赤く染めていた。
鳴り止まない心臓の音が、なぜか心地よく感じた。
落ち着いてから、
「これが俺の願い」
と言って小さく口をあける。玲はケーキを少し取って俺に「ん?」と見せたので頷く。
俺が考えてること、全部分かってくれてんだな。
「はいっ、あーん」
「…ありがと」
さっき食べたケーキとは味が全然違って、甘かった。甘すぎた。今なら、この甘さは愛の味かな、なんていう、俺らしくなさすぎる、くさいセリフも恥ずかしげもなく言えそうだった。
「10倍甘かったわ」
と呟くように言ってから、
「それは良かったね」
と笑う彼女に、さっきの彼女と同じように、自分のケーキをすくう。
「あーん」
彼女はすぐに反応してくれて、ケーキを口にした。もぐもぐ味わっている彼女も愛おしい。
そんな彼女のそばに居られる俺は、間違いなく世界で1番幸せだと思う。
「本当だ、10倍甘いね」
玲が嬉しいなら、俺も嬉しい。

カフェから出ると、まだ人通りは多いままだった。近くに見つけた、アクセサリーショップに入る。店の中は、やはりカップルだらけだったが、もう気にならなかった。
「うわあ可愛い」
目の前にあったキーホルダーに飛びついて、はしゃぐ玲に「そうだな」とだけ返してあたりを見渡す。ネックレスに指輪、オシャレで輝くものたちが溢れている。
「ねえねえ、これにしようよ」
どうやら、いろんなペアキーホルダーを見た結果、パズルのピースの形をしたキーホルダーを選んだらしい。俺は、どれも可愛いしと思ったし、玲が選んだものなら何でも好きなので、
「うん、それにしよっか」
と答える。パステルカラーが混ざった色をしたそれは、すごく綺麗だった。
玲は「うん!」と嬉しそうに答えて、1つキーホルダーを選ぶ。俺もパズルのピースが合うような形をしたものを選んだ。
「後で交換しようねっ」
もちろん同じようなもので、同じ値段なわけだけれど、交換することに意味がある、ということを俺は分かっている。
買ってから外に出て、「はい、どーぞ」と渡すと「ありがと!成瀬くんもどーぞ」
と言って渡してくれた。
何度見ても、可愛いキーホルダーだ。
彼女は、さっき俺が渡した白い袋からキーホルダーを取り出して、自分のバックに付けた。
「帰ったら学校のバックに付け替えよーっと」
独り言を呟いた彼女の真似をして、俺も自分のバックにつける。キーホルダーのキラキラがイルミネーションの光を反射して輝いていた。
「これからどうしよっか」
予想以上に早くキーホルダーを買えたので、俺は調べた時に行きたいと思っていた場所があることを話した。
「え、楽しみ!行こー」
俺の手を何も言わずに握って、「どっちー」とキョロキョロ見渡す玲が、やっぱり可愛い。
「あっち。じゃあ行くか」
俺が指を指した方向に顔を向けてから、彼女は
大きく頷いた。

「え、何ここ?!かわいい」
テンションが高い彼女に手をブンブン振り回されながら「写真スポットだよ」と言って、ついたのは、大きなハートが光り、真ん中にはベンチがある場所だ。ベンチの前にはスマホを置くところがあり、誰かに撮ってもらわなくても良い便利なものまである。
「成瀬くん、こういうの苦手じゃなかったの」
こういう写真スポットは好きかと聞かれれば好きでは無いが、良い思い出になるだろうと思って、玲を連れてきたのだった。
「玲と、ちゃんと写真撮りたくて」
そう笑うと、玲は目を潤ませてから「うわぁ、
成瀬くーん」と抱きついた。
「ちょ、まだ早いだろ」
「…と、いうことは、この後ハグする気
だったんだねぇ?」
すぐに自分が余計なことを言ったのは分かったので、無かったことにする。
「じゃあ撮るぞ」
自分のスマホを台の上に乗せてセットしたタイマーをスタートする、ふりをする。
「え、ちょっと待って!早いって」
「あー、もう撮っちゃったわ」
そんなのは嘘だけれど、慌てた玲が見たかっただけなんです。神様、俺の嘘を許してください。
「もう、髪整えて無いのに撮らないでよー」
少し怒った玲に「ごめん、ごめん」と言ってからスマホを見せる。
「まだ撮ってねーよ、バーカ」
俺が笑うと、玲は「もー、成瀬くんのバーカ」
と言いながら俺を小突く。
こういうやりとりが俺は好きだし、楽しい。
「じゃあ今度こそ撮るぞー」
スマホを置いてダッシュで玲が座るベンチに腰掛けてピースをする。パシャッと音が聞こえたのを確認してスマホを見ると、綺麗に撮れていた。綺麗な撮りかたをきちんと覚えておいてよかった。
玲に見せると、「いい写真じゃん」と喜んでくれた。
「じゃあ私のでも撮っていい?」
淡いピンクのカバーのスマホを持ちながら尋ねる彼女に頷いた。
彼女はスマホを置いて、俺はベンチに座る。
ダッシュしてくる彼女に「早くはやくー」と声をかける。ダッシュしたらさっきせっかく整えた髪が乱れるのになと、そんなことを気にせずに全力疾走する彼女に思った。まあ、髪が乱れていようがいまいが、玲は可愛いし。
玲はベンチに座ってピースしてからすぐに、
「成瀬くん、好きー」
と叫んだ。結構な大声だったので周りにいたカップル達に振り向かれてしまった。
「どうしたんだよ、急に」
「だって好きなんだもん」
それが急に叫ぶことの理由になっている気はしないが、嬉しかったから良い。
「ほら、成瀬くんも叫んでよ」
「は?無理だわ」
思ったことをすぐ口にしてしまった。言い方がキツすぎたかな。
でもそんな俺には慣れているようで、「じゃあさ」と目を輝かせる。
「す、って叫んでから、き、って叫ぼ」
あんまり改善されていないように思えたので
「嫌」と即答した。玲が言いたいのは、言葉と言葉の間を離せば良い、と言うことだろうけれど、叫ぶことに変わりはない。
「え〜、成瀬サンタさんからプレゼント欲しいなあ」
「さっきキーホルダーあげた」
「成瀬サンタのケチっ」
拗ねたようにベンチに座って脚を組んでそっぽを向く玲が可哀想に思えてきたので、今日は特別。息を大きく吸った。
「好ーーーーきーーーー」
意外と声が出なくてびっくりしたけれど、ちゃんと叫んだ。
「え、成瀬くん?!」明るい声をあげた玲に
「特別だからな。もう2度と叫ばねえから」と念の為言っておく。
「2度とは嫌だなあ。あと一万回ぐらい言って欲しい」
「やだね」
一万回は多すぎるし、そんなんじゃ俺の心臓も喉もぶっ壊れそうだ。
玲、と名前を呼んで、俺は玲を抱きしめる。
「お、成瀬くん甘えモードかな?」
玲が余計なことを言うので腕を離そうとすると、「ああ、ごめん。余計なこと言った」
と玲の腕に引き留められる。
それからすぐに玲は口を開いた。
「よし、ありがと。いいの撮れた!」
腕をおろしてスマホのところに向かう玲を目で追ってから、「どうした」と尋ねる。
玲は戻ってもう一度ベンチに座ると、
「へへ、動画撮ってました〜」
と笑った。
「は?!え?!消せよ。うそだろ??」
動画ということは俺が叫んだのもハグも記録に残っているということだ。
「やーだね。一生消さなーい」
「消せ消せ。ほんとやだ」
玲のスマホを奪い取ろうとしたけれど綺麗に避けられてしまう。
「じゃあせめて俺にもその動画くれよ」
「はいはーい。後で送っとくね」
まあ、これもいい思い出だからいいか、
と思える。これが幸せなのかもしれない。

*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。..。.:+・゚・*:.。

雪が、降って降って降るように。
君への愛が、増して増して増していく。
きっと、いや、絶対。これからも、ずっと。
たとえ吹雪になろうが、関係ない。
君の隣に居たい。
隣で笑っていたい。
隣で泣いていたい。

「じゃーね」
「じゃーな」
「ねぇ、いつ手離すの」
「玲が離すまで」
「えー、私も成瀬くんが離すまで待ってる」
「じゃあ永遠にこのままかもな」
「もう、じゃあ同時に離そ!」
「はいはい。さん、にー、いち」
「ちょっとねーえ、なんで離さなかったの」
「玲も離してないだろ」
「ばれたか」

また明日も、明後日も、来年も、その先も。
「ずっと好きだよ」
「俺も好きだよ」
君と笑い合える世界が、続きますように。
-END-