牙狼との一件のあと、夜影の空気が変わった。

「……悠菜、よく耐えたな」
「怖くなかったのかよ」
「マジで一人で動くとか、度胸エグいわ」

みんなの言葉は、からかい混じりでも優しかった。
あの夜、駿真が助けに来てくれたあの瞬間から、何かが確かに変わった。

居場所が、少しずつできはじめてる。
それは安心とかぬるさじゃなくて、背中を預けあえる信頼。
走ってきた時間が、少しずつ形になってる。

「……でも、そろそろ言っとくか」
夜影の右腕・司が言った。

「正式に、夜影の“姫”でいいんじゃねーの?」

みんなが一斉にこっちを見た。
恥ずかしさと嬉しさが同時にこみ上げてきて――でも、ちゃんと返した。

「……そのつもりでいるけど?」

「へぇ……言うじゃん」
「姫でも手抜きすんなよ」
「背中はもう預けてっからよ」

冗談混じりの声たちが、やけに心に響いた。

でもその夜。
駿真は珍しく、ひとりで夜のガレージにいた。

何気なく歩きながら、エンジンをいじる彼の背中に声をかけた。

「帰んないの?」
「……少し、ひとりになりたかっただけだ」

その声は、どこか遠かった。

「牙狼のやつら……俺の過去を知ってる。っていうか、関係あんだよ」

唐突なその言葉に、思わず息を呑んだ。

「……過去って?」

しばらく沈黙があって――彼は口を開いた。

「昔さ、夜影じゃねぇチームにいた。ガキみてぇな、仲間だけの集まりだったけど……牙狼に潰された。俺以外、全員な」

静かすぎて、逆に重かった。
駿真の声から、その時の悔しさや怒りがにじんでた。

「だから今の夜影は、俺が作った。もう、誰も潰されねぇようにってな」

「……そうだったんだ」

「何が正しいかとか、そんなのわかんねぇよ。でも、仲間だけは守りてぇ。そう思ってる」

「だからお前も……軽い気持ちでここにいんなよ」

その言葉は、突き放すんじゃなくて、守ろうとする覚悟の裏返しに聞こえた。

「……軽い気持ちで守られてたつもりもないけど?」

そう返すと、駿真がこっちを見て、ふっと笑った。

「だよな。……お前なら、もう背中預けられる」

その一言が、やけに嬉しくて。
でもそれ以上に、駿真が何かを超えようとしてるのがわかった気がした。

だけどその翌日――

牙狼が、ついに夜影に“宣戦布告”してきた。

それは、私が巻き込まれた最初の夜とは比べものにならないほど、
本気で、危険なものだった。