夜の海。
波の音と街の喧騒から離れて、私はひとり、手すりに寄りかかっていた。

「……このままどっか、消えられたらいいのに」

家でも学校でも、居場所なんて感じたことなかった。
ただ夜が好きだった。ただ、風に吹かれていたかった。

「――そこ、俺の場所なんだけど」

突然、背後から聞こえた声に振り返ると、
バイクに乗った男の子がいた。

髪は無造作に落ち、目つきは鋭い。
まるで誰にも心を許してない、そんな顔。

「……は? 海は誰のものでもないけど」

「いや、そこの柵の前。いつも俺が座ってんの。お前がどけよ」

「バカじゃないの。早いもん勝ちでしょ?」

思わず言い返した。
でも彼は怒るわけでもなく、ただフッと笑った。

「……変なやつ」

そう言って、彼はバイクを降りて、私の隣に腰かけた。
なんの警戒もなくて、逆にこっちが戸惑う。

「名前は?」

「なんで教えなきゃいけないの?」

「じゃあ、俺が先。駿真。……お前は?」

「……悠菜」

名前を言った瞬間、なんだか距離が縮まった気がしてしまった。
それがちょっと悔しかった。

「悠菜。いい名前じゃん」

「……調子乗らないで」

「ふっ。やっぱ変なやつ」

そう言って笑った彼の横顔が、どこか寂しそうだった。

「ねえ、あんた何してんの。こんな時間に」

「俺? まあ……夜が好きなだけ」

似てる。私と。

その夜、私たちは他愛もない言い合いを繰り返した。
けど帰り道、突然バイクのエンジン音が唸り、数台が私たちを囲んだ。

「……動くな。こいつら、ただの冷やかしじゃねぇ」

駿真の声が一段低くなる。背筋がぞくっとした。
私は無意識に彼の横に並ぶ。

「……駿真、背中貸して」
「は? 何言って――」
「黙って。背中合わせの方が動きやすいでしょ」

一瞬の間のあと、駿真が小さく笑う。

「やっぱお前、面白ぇな」

背中越しに感じる体温。知らない人だったはずなのに、不思議と怖くなかった。

二人で立ち向かい、なんとかその場をしのいだあと。
駿真は息を整えながら、ふいに言った。

「悠菜。お前、俺のチームに来いよ」
「……は? 冗談でしょ」
「本気だよ。お前みたいな奴、他にいねぇから」

そのときは反射的に笑って流したけど、
心の奥が、少しだけ熱くなっていた。