「あっ、キアさん! セイランさん!
 おはようございます。こっちです!」


 翌朝、より寮に近い裏門の前で、キアさんとセイランさんを迎える私たち。
 魔法界に行ったときのふたりの服装は、私たちが普段着と呼ぶような服とはちょっと違う、なんとなく魔法界っぽいな、って感じのものだった。
 でも今日は、キアさんは黒いレザーのライダースを羽織ったかっこいいスタイル。セイランさんは淡い色のブラウスにロングスカートで清楚なスタイル。
 こっちに来てから買ったのかな? なんだかすっかり、こちらの世界に溶け込んでいる感じ。

「お越しくださってありがとうございます」
「別に。暇してたし」
 ちっとも笑わないキアさんとセイランさん。
「それに……」
 それに?
「何ですか?」
「……いや、何でもない」

 さらにしかめっ面になったと思ったのは、気のせいかな……。
 何か嫌なことでもあったのか、気になったけれど怖くて聞けませんでした。


「た、立ち話もあれですし、中入っちゃいましょう! 私、共有スペースの鍵を借りてきますから、おふたりは、真理英と一緒に門のところで受付してから来てください。
 真理英、お願いしていい?」
「あ、はい、わかりました」

 そういうことで、私はひと足先に、共有スペースがある学生会館に向かう。
 うーん。誘えたは良いものの、やっぱり仲良くなれるかは不安が残る。まあでも、私たちは出来る限りのことをするだけ。
 そのための用意は万全!


 学生会館。
 それは寮の隣にある、この学園の生徒が自由に使える施設。
 今日私たちが予約したパーティールームをはじめとして、ピアノなどの楽器の練習ができる防音室、大きな画面で動画とかを見られるシアタールームなんていうのもある。わくわくが止まらない場所なんだ。
 ちなみに、この学園の生徒がいれば、他のところから来た人たちも利用可能になってるよ。


 パーティールーム、私も初めて来たけど、テーブルと椅子がきちんとあって、室内ゲームにはもってこいの場所だね。
 私たちは、それぞれ椅子に腰掛けた。

「飲み物何にします? ジュースとか麦茶とかいろいろ買ってきたんですけど。
 食べ物とか飲み物って、向こうとこっちじゃ、結構違ったりするんですかね」
「……麦茶、はあまり飲んだことないから、オレンジジュースで」
「……私も」
「わかりました!」

 良かった、キアさんたちにも伝わる飲み物があって。飲み物系やスナックは、結構悩んだところ。
 紙パックをあけるのに苦戦していると、キアさんが口を開いた。

「……麦茶って、おいしいの?」
 え?
「私は好きですけど……」
「そう。……オレンジジュースで良い」
「あ、ハイ」

 ……そうですか。


「どうでもいいけどさ、何でパーティールームにしようと思ったわけ? 外に出かけるとかでもいいじゃん」

 キアさんに聞かれた。

「それがですね、先日あのショッピングモールの(さわ)ぎがあったじゃないですか」
「ああ、トウヤ(あのチビ)がやらかしたやつね。あとでスピカさんから聞いた」
「それでしばらくの間、そういった人が集まるような場所に近づかないように、っていう学校からの指示があったんですよ」
「へえ。申し訳ないね。魔法界のやつの身勝手でそんなことになって」
「いえいえいえ、そんな」

 キアさんたちは、全く悪くないのに。

「でも、結構厳しいんだな、きみらの学校」
「そう……ですね。普段はそのようなことはないのですが。むしろ、生徒にはかなり自由が与えられていると思います」
「そう? まあ、外出規制するほど慎重(しんちょう)なわりには、結構簡単にあたしたちを入れてくれたね」

 確かに。シンフォニア学園の門は、わりとオープンなんだよね。
 それにしても、キアさん今日はよく話してくれるな。これは、あともう一押しすれば、仲良くなれるかもしれない。


「まあとにかく、せっかく来てくださったんだし、今日は楽しんでいってくださいね!」

 私はそう言って、テーブルの上に持ってきたものたちを広げた。広々としたテーブルが、あっという間に埋め尽くされる。

「……何これ?」
 キアさんとセイランさんは、首を傾げる。
「お気に入りの、テーブルゲームたちです!」
「いやそれはわかる」

 あ、キアさんたちも知ってるんだ。それは良かった。

「トランプ、すごろくも沢山、それに将棋盤まで……。一体どこからこんなに集めてきたんですか?」

 ここで初めてこのゲームたちを見た真理英も、目を丸くした。

「トランプと将棋盤は私の。あとは、軽音学部のみんなが貸してくれたんだ」
「え、何、この量集められるだけ、テーブルゲーム常駐(じょうちゅう)してる人がいるってこと?
 これって、科学界じゃ普通なの?」

 戸惑うキアさん、そして、控えめに首を横に振る真理英。セイランさんは、なんていうか、“笑っていない苦笑い”とでも言うべき顔をしていた。
 まあ確かに、この量には集めた私自身もビビった。
 え? 将棋はふたりしかできないって? まわり将棋とかみんなでやったら、面白いかなって思って。

「あ、それと、(うわさ)で聞いてたんですけど……」
 テレビ台の付近を探してみる。
 あ、あった!

「テレビゲーム! 本当にあるんだ!」
「え!? このパーティールームにですか!?」
「うん! コントローラーもちょうど四台だよ。おお! ソフトも充実してるねぇ~」
「科学界の学校って、こんなに自由なのか……」

 キアさんは、呆れると同時になんだか(うらや)ましそう。
 でも、シンフォニア学園を、“科学界の学校”の基準にするのは、あまりよろしくないと思われます。


「さあ、よりどりみどりですよ。何からやりましょうか?」
 まずはやっぱり、王道のトランプかな、なんて考えながら、キアさんとセイランさんの返答を待つ。
 キアさんが、ぼそっと言った。

「……なんかさ、普通だな」

 え!?
「す、すみません! いろいろ考えたんですけど、おもてなしの方法がこれくらいしか思いつかなくて……」
 私と真理英があたふたしていると、
「あー、違う違う。きみたちの様子のこと」

 私たちの様子?

「科学界の人は、魔法界のことを知らない。もちろん、魔法のことも知らないから、魔法に対して持ってるイメージはいろいろらしいじゃん。
 そっちのきみは、かなり興味を持ってるみたいだな」
 真理英のほうを見て言う。
「あ、えっと、はい……」

 次にキアさんは、私に視線を移す。
「きみはどうかは知らないけど、まあ“楽しそうなこと”くらいに思ってる? 少なくとも、あまり抵抗はなさそう」
「え、……まあ、その」
 私が口ごもっている間に、話を続けるキアさん。

「あたしはな、魔法界と科学界が必要以上に近づくことに、反対の立場なんだよ」

 ……。
「環境が違いすぎる。うまくやっていけるわけがない。
 あたし自身、科学界には何の興味もなかった。今の科学界でできることは大抵、魔法があれば簡単にできる。わざわざ近づく必要がない世界なんだ。
 しかも、科学界で少しでも問題を起こせば、厄介なことになる」

 うん、キアさんたち、こっちに来るの相当嫌がってたもんね。
「でも」
 キアさんの表情は、ちょっと()ねた子供みたいだった。

「それは、違ったのかもしれない。
 魔法界のほうができることが多くても、科学界の面白さってのはあるんだろうな。山積みのボードゲームとか、テレビゲームが置いてある学校とか……」
「……あ、それはたぶん学園(ここ)だけかと……」
 ついに心の声が言葉に出てしまった。
「そっか」


 そして、数秒訪れる無言の時間。

「……あの、それで、私たちの様子が“普通”とは、一体……?」
 真理英がおそるおそる尋ねると、
「……いやなんか、尊敬するよ、きみたちのこと」

 いやいや、回答になってないです。ていうか、本当に思って言ってるのかな、それ。
 でも、キアさんの口角は、少し上がっている気がした。


 なにはともあれ、絶妙に微妙な空気になってしまいました。
 ……キアさんたちは、やっぱり私たちと関わりたくないのかな。親睦会を承諾してくれたし、もしかしたら、って思ったんだけどな。
 いろいろ知りたいと思ってたのは、私たちだけだったのかな。
 それとももしかして、下手にツッコんだのが悪かった……?

 カードをシャッフルしながら、私はもやもやした気持ちを抱えていた。