スピカさんは、真剣な面持ちになった。


「魔法界の存在が科学界に知られていないのは、相当なことがない限り知らせてはならないという、魔界則があるから。そして、そんな決まりがあるのは、魔法界のいざこざに、科学界を巻き込まないようにするため」

 スピカさんはそれ以上言わなかったけれど、多分科学界の力では、魔法界のいざこざに立ち向かえないんだと思う。実際、あの男の子と初めて対峙(たいじ)したときも、もうダメだって思ったし。

「ミス・ウィッチの力はすごい。滅多なことがない限り負けない。
 ……でも、絶対じゃない。負けて大変な目にあった子がいるのも事実」

 少しだけ、セイランさんがうつむいたような気がした。

「ましてやこれは、魔法界の問題。関係のない科学界出身の二人を巻き込むことに負い目を感じているし、二人が責任を負う必要は全くないと思ってる。
 だからね、もしミス・ウィッチを続けたくなかったら、続けなくていい。今日までのことは全部忘れてくれて構わない。
 マジだよ、これ」

 スピカさんは、まっすぐ私たちを見た。


「こっちのことはなんにも考えなくて良い。自分のことだけ考えて。
 二人は、危険を背負いながら、ミス・ウィッチとして戦ってくれる?」


「……」
 すぐには言葉が出てこない。
 でも……。


「「私、やります」」


 私と真理英は、ちょうど同じタイミングで、同じ言葉を口にした。
「……えっ? 即決?」
 スピカさん、それとキアさんとセイランさんは、驚いたようにこちらを見ている。そりゃ私もびっくりしたよ。
 気を取り直して、私は話し始める。

「その、大変なことなんだなっていうのはわかりました。
 でも、ミス・ウィッチは、世界を救う魔女、なんですよね? それだけの力を与えられたなら、その力を必要としている世界のために、頑張ってみたいな、って……」

「私もです。何かできることがあるなら、いいえ、私にしかできないことがあるなら、それで人々のためになるなら、やらせていただきたいです」


「あたしは断固反対だ」
 キアさんが口をはさむ。

「何が理由で、科学界の人間がミス・ウィッチになったかは知らないけど、とても科学界の人間が負える使命だとは思えない。変身しなければ普通の魔法も使えないのに。世界どころか、自分たちの身すら守れるかわからない。
 つーか、きき方も意地悪いですよ、スピカさん。そんなの、英雄(えいゆう)気取りで、魔法の危険さなんてこれっぽっちもわかってないこの二人は、良いって答えるに決まってるじゃないですか」

 えらい言われよう……。

「一応敵も倒したと言っているけど、そんなのまぐれに過ぎない。
 敵が科学界に現れたとはいえ、あたしたちのみで対処すべきです。」
「キアの言い分もわかるよ。
 でも、響ちゃんと真理英ちゃんも、ちゃんとミス・ウィッチに選ばれたわけだし、はじめから“できない”って決めちゃうのもなんかな……。

 ……え、キア、今なんて言った?」

 スピカさんがピタッと動きを止める。

「はい? 今って……。
 ……あ」
 キアさんの顔色がみるみるうちに変わる。


「そうだわ言うの忘れてた! 来たようなんです科学界に! 敵が!」



「……えっ、ええええええ!?」

 スピカさんが、バッとこちらを向く。
「……そうなの?」
「あ、ハイ……。二回ほど」
「……まさか、もう戦ったの……?」
「はい」
「……わぁお」

 部屋に、静かな空気が蔓延(まんえん)した。でもそれは、嵐の前の静けさみたい。

「……まさか、科学界にも手を出してくるなんて……」

 スピカさんが、信じられない、といった顔をする。

「こんな暴挙、許されない。こちらも本格的に動き出す必要がありそうです。魔法界にいる他のミス・ウィッチたちにも忠告する必要があります。それに科学界も守備範囲に入れなくちゃ……。
 あたしはいつでも動けます。セイランも」

 キアさんに言われて、セイランさんがこくっとうなずく。

「うん、頼りにしてるよ。けど焦らないで。安全第一で行動するっていうのは約束。自分の幸せを犠牲にしてまでするべきことなんて、そうないんだから」
「はいはい、了解です。
 こうしちゃいられない。それじゃあたし、他のミス・ウィッチに連絡してきます」
「うん! ……って、あ、ちょっと待って! その前にやることがある!」

 スピカさんが深呼吸をしてから、私たちの方を向いた。

「ごめん、置いてけぼりにしちゃって。
 そして、――ありがとう。二人の気持ち、とっても嬉しいよ。
 もちろん、二人の身の安全は精一杯守るし、無理は絶対にさせない。それは、リーダーとしての使命だから! そのための手も、ちゃんと考えてあってね。
 ま! とりあえず、これからどうぞよろしくね!」
「よろしくお願いします!」

 私たちは頭を下げた。

「でね、私が少し焦っているのは、もしかしたら、敵が本格的に動き始めるかもしれないからなんだ。二人にも、きちんとミス・ウィッチの能力について伝えとかなくちゃいけないね」
「あ、どうも……。すみません、忙しそうなときに」
「忙しいからこそ、そこのところはきちんとしなくちゃ。
 ミス・ウィッチになった以上、二人は彼女たちから狙われる可能性が大いにある。正しく能力を使えるようにして、まずは最低限、自分の身を自分で守れるようにならないと!」
「な、なるほど……。じゃあ、よろしくお願いします!」

 私と真理英は、そろってお辞儀。
 ちょっと緊張……、だけど、ちょっとわくわくする。

「スピカさん、それあたしたち()りますか? この二人、どうせそんなに前線に出せないし、それより連絡のほうを優先した方が……」
「でもさ、一番今ノリにのってるのはキアとセイランだし、それに……、ちょっと考えていることがあるから、とりあえずいて、ね?」
「……適当に教えて、早く帰したら良いのに」
「そんな悲しいこと言わないで~」

 キアさん、不満たらたらって感じ。こちらを見る目がずっと怖い。変な行動を起こしたら、すぐさま雷落とされそう。
 いや、比喩(ひゆ)じゃなくて。


「それでは、これより手短に、“ミス・ウィッチ研修”を行います」
 地下から外に出た私たち五人。

「まずはそれぞれ、ミス・ウィッチの姿に変身してもらっても良いかな? 変身方法はわかる?」
「はい、なんとなくは」
「でも、成り行きで変身しているだけなので、正確なやり方は知らないのですが」
「二人とも、きっと“アイテム”を持ってるよね? それを手にもって、念を込めるように頭の中で“変身したい”っていう思いを繰り返すんだ」

 言われた通り、私と真理英は音楽プレイヤーと懐中時計を握って、念じる。


 体中を風が駆けめぐる感覚、体温が上昇していく――。


 私たちは、それぞれミス・ウィッチの姿になった。
「おお。二人とも結構イメージ変わるね。あ、キアとセイランも、ちょっと変身してもらっていい?」
「え。……まあ良いですけど」

 キアさんが渋々(しぶしぶ)とアイテムを取り出すのを見て、セイランさんも自分のアイテムを手に持った。
 キアさんが持っているのは、オレンジ色のシンプルなペン、かな。セイランさんは、首から下げていたしずく型のペンダント。

「そして私も」

 スピカさんもエプロンのポケットから、星形の可愛いキーホルダーを取り出す。
 三人の体が光に包まれて、その光が消えると、その姿はミス・ウィッチのものに変わっていた。
 キアさんはボブからお団子、セイランさんはロングポニーテールがボリュームアップして、スピカさんは、ちび三つ編みが中くらいの高さのロングツインテールになっている。

「ところで、この変身に使う“アイテム”。
 これは、ミス・ウィッチの心臓とも呼べるものだから、大切にしてね。
 大抵の攻撃とかはものともしないミス・ウィッチだけど、この“アイテム”が壊されると、力の喪失だけにはとどまらない。もっとずっと大切なものを失う可能性がある――」

 思わず身震いした。

「まあ、ちょっとやそっとじゃ壊れないけどね。敵からの攻撃だけ注意すれば問題ないよ。
 “アイテム”が壊れるほどの無茶はしないこと、それが一番大切。
 それじゃあ、いろいろな能力の説明に移るね。とはいっても、基本的にやることは一緒。ミス・ウィッチの能力はとても使いやすくできているから、大体のことは念じるだけで思うようになるよ。
 例えば、杖の出現」

 スピカさんの手に、ポンッと杖が現れる。先っぽについているのは、星形のオブジェ。
 私とマリエも、この前と同じように杖を出す。
 なんか、前よりスムーズに出てきた気がするな。

「うん、バッチリだね!
 それで、ここからはたぶん、二人がまだ知らないこと。ミス・ウィッチは専用の強力な魔法を使えるんだ。

 その名も――、“ミスマジック”」

「ミスマジック?」
 あのとき使った以上に、強い魔法があるの?

「ミスマジックは、通常魔法とは比にならない強さの魔法。そして、ミス・ウィッチそれぞれの個性が良く表れる部分でもある。つまり、ひとりひとりできることが結構違うんだ。
 だから、実際に使ってみないことには、二人にどんなことができるのかは私もわからなくて――」

 そのとき。


「見つけたぞーーーーーー!!!」


 なんか叫び声がした。