「言い訳なら後できく。まずはこっちがきくことに答えて」
 お団子結びの子が、鋭い声で言った。


「君たちは、何者?」


 どう答えたら良いのかわからない質問。

「わ、私たちは、……ミス・ウィッチ、です」
 おそるおそる答えると、
「知ってる。見ればわかる」
 ぶっきらぼうな答えが返ってきた。

「あたしがききたいのは、……あんまりこんなきき方良くないんだろうけど、種族は何?」
「しゅ、種族? えっと……、おそらく、“人間”と答えるのが正しいんじゃないかと」
「人間? ……科学界の、ってこと?」

 お団子の子の顔が、さらに怪訝(けげん)そうな顔になった。

「本気で言ってるの? 科学界の人間が、ミス・ウィッチになったって? 君たち、明らかに魔力持ってるよね。
 ミス・ウィッチは強力な魔力を扱う、特別な魔法使い。魔力を持たない科学界の人間が、なれると思ってるの?」

 なんか、ついさっき聞いたことがあるような言葉だ。あれだ、あの男の子が同じようなことを言っていた気がする。

「あたしたちは、科学界なんかでミス・ウィッチが出現したっていう報告を受けたから、ここまで来た。正直に言うと、君たちのこと、のこのこ科学界に来て魔力を振りかざす、不審な魔界人かなにかだと思っている。
 だってそうでしょ? こんなところにまであいつらが来るわけないし」
「あ、あいつら?」
「ミス・ウィッチの敵。あいつらの狙いは、あたしたちミス・ウィッチなんだから、わざわざ魔法がないこの世界まで、出向く必要がない」
「て、敵っぽい子なら、私たち会いました」

 マリエが勢いで言う。
 お団子の子に、動揺(どうよう)が見られた。

「本当です。今日ここでと、二週間くらい前にショッピングモールで。二週間前のときに、私たちは初めてこの姿になったんです。
 それで、私たちや、商店街を攻撃した敵を、二人で追い払いました」

 緊張で声が(ふる)えていたけど、言いたいことを言ってくれた。

「……追い払った? 二人で?
 魔法の使い方、知らないんじゃないの?」
 お団子の子は、わけがわからないという感じで言う。
「そこは、なんとなーくフィーリングで……」
 私は、すかさずフォローを入れる。

「……ダメだ、頭の処理が追い付かない。
 いや、それよりも、科学界にあいつらが来ていたというのが問題だ……。一刻も早く知らせないと……」

 お団子の子は考え込んでしまった。でも五秒後、何かを決心したようにパッと顔をあげる。


「君たちのことは、向こうについてから考える。つーわけで、とりあえずついてきてもらおうか」


 向こうって、どこですか?
 そう尋ねる(ひま)もなく、お団子の子は、空を飛んでどこかに向かっていく。突然のことであっけにとられていると、

「行くよ」

 急に後ろから声をかけられたと思ったら、無表情なポニーテールの子(そういえばこの子、ここまで一言も喋っていなかった)の顔がすぐそばに! 後ろから私たちの背中を軽く押すようにして、お団子の子の後に続くことを促す。
 なんだろう、圧かな! 圧が怖いんだよな!
 大人しく、私とマリエはお団子の子の後を追った。


 たどり着いたのは、暗めの路地。
 だいぶ移動したし、方向的に学園の方だったから、結構学園に近いんじゃないかな、ここ。
 でも、いきなり路地に連れ込まれるなんて、相手がこの人たちじゃなかったら、なにがなんでも逃げてるよ。いや、本当は相手がこの人たちでも逃げたいんだけど。

「あのー、なんですかここ?」
 私が尋ねると、
「……しらを切っているのか、本当に知らないのか……」
 お団子の子はそうぼそっとつぶやくだけ。
 か、感じ悪……。

「ま、今はどっちでも良いや。それじゃ行くよ」

 そう言うと、お団子の子は路地の行き止まりにむかって、ずんずん歩いていく。
「え? 何してるんですか?」

 お団子の子が、奥の壁に触れる。
 その途端、しゅわん! と、壁が消えた!
 先にはまだまだ路地が続いているけれど、遠くの方は暗くてよく見えない。
 な、なにこれ……。

「ついてきて」

 言われなくても、お団子の子とポニーテールの子で挟まれている私たちに、引き返すという選択肢はない。そのまま路地の奥に進んでいく。


 路地はどんどん暗くなっていく。
 鳥肌が立つような、怪しい空気がたちこめている。
 そのうち、視界は真っ暗になった。
 それでも、足を止めることなくどんどん進んでいくと――。

 

 いきなり明るくなった。思わず目をつむる。
 徐々に光に馴れてきたので、ゆっくりと目をあける――。

 このときの感動は、言葉で言い表せない。

 空が紫色なんだ。
 気高い丘から見える景色は、昔絵本で読んだような街の風景。見たことあるようだけど、絶対に見たことはない景色だった。
 遠くの方にはもやが見える。何ともファンタジーな空間。
 私たちのすぐ近くは自然豊かで、何とも言えない怪しげな雰囲気を感じる。
 通り抜ける風に鳥肌が立つ。でも、ほんのりあたたかい……。

 魔法界だ。魔法界に来ちゃったんだ。

 隣にいるマリエに視線を移す。
「!!! ……!!!」
 言葉にこそなっていないけれど、様子からこの上なく感激しているのが伝わってきた。

「……まじか。本当に君たち、科学界の人ってわけ?」

 少し呆れた声がして見ると、ボブカットの女の子がいた。雷のような形の、前髪の飾りには見覚えがある。お団子の子と同じものだ。ということは、この子はさっきのお団子の子が変身する前の姿ってこと?
 隣にいるポニーテールの子の変身前の姿は、ポニーテールのボリューム感がなくなった。でも、このなんとなく冷たくて威圧感がある雰囲気はそのままだ。

「その反応、きっと心からなんだろうな。……納得できないけれど、理解はしたよ。
 ところで、君たちも変身といたら?」

 ボブカットの子に言われて、私とマリエはそれぞれのアイテムを握りしめ、元の姿に戻る。

「よし、それじゃ目的の場所に行くよ」

 ボブカットの子にさらに連れられて、私たちはあたりをきょろきょろ見ながら先に進む。珍しい景色すぎて、本当は立ち止まってゆっくり鑑賞したかった。


 たどり着いた場所は、森の中にポツンと一軒建つお店のような小屋だった。
 木でできているらしく、温かみを感じる外観だ。ガーデニングが趣味なのか、見たこともない綺麗な花がたくさん咲いている。

「帰りましたー。キアでーす」

 ボブカットの子が、ガチャっとドアを開けて言った。
 中は音沙汰なし。

「あれ?
 もしもーし、科学界にいたミス・ウィッチ、連れてきましたよー」
 またもや返事がきこえる気配なし。
「……はぁ、地下にこもってるな」

 ボブカットの子がため息をついている間に、店の中を観察する。
 そんなに広くないお店だけれど、いろいろなものが置いてある。アクセサリーとか、食べ物・飲み物とか、使い道が想像もできない道具とか。どれもこれも、とっても可愛らしいデザイン。
 ふと見ると、ボブカットの子は店の奥へずんずん入っていく。そして、床に手を伸ばしパカッと開けると、

「スピカさーん! 連れてきましたよー!」
 穴に向かってそう叫んだ。


 次第に、ドタドタとした音が近づいてくるのを感じる。
 穴から誰かが、ひょこっと顔を出した。

「いやー、ごめんごめん! ちょっと奥で作業してたんだ」
「やっぱりね」
「お帰り、キア、セイラン!
 あっ、そのふたりだね? 連れてきてくれてありがとう! おふたりも、いらっしゃい!」

 屈託(くったく)のない笑顔を向けられた。私と真理英は、戸惑いながら軽く会釈をする。
 輝くような黄色い髪を、短く三つ編みおさげにしている女の人。年齢は……どうだろう? なんとなく幼さがあるけど、どことなく落ち着いた印象もある。私たちより、だいぶ年上なんじゃないかな。

「ふむふむ、雰囲気はどうやら魔法界の人ではなさそうだね……。うーん、こんなこともあるんだな。
 立ち話もなんだから、四人ともこっち来て。一緒にお菓子でも囲みながらお話しよう!」

 ボブカットの子(ついでにあの男の子)に疑われていたのが嘘みたいに、するっと納得してくれた女の人。こっちおいでって手招きして、出てきた穴から元に戻っていく。というか、さっきボブカットの子がぼそっと言っていたことから察すると、地下室か何かがあるんだろう。

 ドキドキしながら、穴の中の梯子(はしご)を下りていく。