「ぃよっしゃあーー! あーがりっ!」


 キアさんが、7のカード二枚を、テーブルの中央に叩きつけた。
「ええー!」
 見事に7を引かれてしまった私は、思わず叫ぶ。

「あとは三人で頑張ってくれたまえ」

 そしてキアさんはふんぞりかえる。
 いやー、これはまずいよ。真理英は残り四枚、セイランさんは三枚。一方私はあと六枚! おまけにジョーカーは私の手の中! 負けてしまう!
 ババ抜きっていうのは心理戦。自分の手札を相手に読ませず、自分は相手をガンガン読む!
 さーて、真理英はどの札を引くのか。どうにかジョーカーを引いてもらいたいところ。
 こうなったら禁断の手、“一枚飛び出させる”を使うしか……。
 

 ……あ、ごめん。ゲームが盛り上がったもんで、ついそっちのけにしちゃった。
 さっきまでの、どんよりした空気はどこへやら。正直なところ、室内ゲームで仲良くなろう作戦は、想像以上の効果があった! キアさんはさっきの通り。セイランさんだって一回前に勝ったとき、ちょっと嬉しそうだったんだから。……たぶんね!
 やっぱり、一緒に遊んで楽しいっていうのは、どこの世界でも共通認識なのかな?

「はい!」

 ん? あれ、真理英いつのまにカード引いてる。しかもジョーカーじゃないやつ。

「揃いました」

 え、マジで!?
 続いて真理英のカードを引いたセイランさんも、ペアがそろう。でも私は(そろ)わない~、カードは多いのになぜ~。
 しかも真理英、全くジョーカー引かないな。そのうち私もカードを減らせたけれど、最後は真理英との一対一に追い込まれ、

「やった、あがりです!」

 ババ抜きの醍醐味(だいごみ)ともいえる延長戦にもつれ込むこともなく、私の手にはジョーカーが一枚……。
 後から思い返せば敗因は、心理戦とか言っておきながら、途中で考えるのを止めちゃったことですね。
 (あと、真理英は心理戦にめっぽう強いんだよ)


 あ~、楽しかった!

 私たちは、あらゆるゲームをやりつくした。
「久しぶりだったな。こういう遊び」
 キアさんはそういった後、オレンジジュースを飲みほした。その横で、目を閉じながら深くうなずくセイランさん。

「私もです。とても楽しかったです。準備ありがとうございました、響」
「どういたしまして。楽しんでもらえて何より! 私も楽しかったよ」

 うん。本当に良かった。少しだけど、キアさん、セイランさん、もちろん真理英とも、距離が縮まった気がする。
 でも、やっぱり気になっちゃうのは、ゲームを始める前のキアさんの話。
 それでも、私は伝えたい。そうだ、この気持ちを伝えるために、私と真理英は親睦会を開こうと思ったんだ。
 姿勢を正して、私はキアさんとセイランさんに向かって言った。


「また、遊びましょう!」


 ちょっと声が大きすぎたみたいで、真理英を含めて三人とも驚いてるみたいだった。

「また四人で、トランプとかやりましょう。あ、今度は、どこかに遊びにも行きたいです。
 その……、お二人にとって、科学界は味がないというか、面白みに欠けるところかもしれません。
 でも私、お二人に科学界の素敵なところ、いっぱい知ってもらいたいんです。
 ……今後、私たちはお二人からいろいろ教えてもらわなきゃいけないですし、私の方からも何かお返ししていきたいというか、その、お二人にとっては迷惑かもしれないんですけど……」

 あー、うまくまとまらない!

「……私も同じです」
 真理英……!
「私は、魔法界のこと、魔法のこと、ミス・ウィッチのこと、全部知りたいですし、それにあたって、お二人の力をお借りすることが多いと思います。ですから私も、お二人に科学界のことを知っていただきたいのです。科学界にも、心ときめくようなことが沢山あります。
 一方的に与えられるのではなく、与え、受け取る。お二人とは、そのような双方的な関係を築きたいと思っています」

 そこまで言ってこちらを向いた真理英と、目が合う。そして、私たちはキアさん、セイランさんのほうに向きなおる。


「「これからどうぞ、よろしくお願いします!」」


 私たちは深くお辞儀。(あ、魔法界にお辞儀の文化はないか……?)

「……きみたちの指導をするのは、ミス・ウィッチのリーダーであるスピカさんから言われた、あたしたちの任務だ」

 落ち着いたキアさんの声。私たちはゆっくり顔を上げる。

「だから、きみたちに魔法のことを教えるのは、ミス・ウィッチの先輩として当然のこと。引け目なんて感じる必要ない」

 ここで言葉が一度切れる。キアさんは、ちらっとセイランさんの方を見た。セイランさんは、軽くうなずく。そして、キアさんは再び口を開く。

「……きみたちの言う通り、あたしたちもこの世界について知る必要があると感じた。だから、……こっちもこれから、いろいろ聞くかもしれない。
 ……まぁ、その、なんだ……」

 キアさんは、こちらをまっすぐ見た。いや、もともと見ていたんだけど、でも……。
 なんだか初めて、視線が合ったような気がした。


「これから、よろしく」


 パンパカパーン!
 頭の中でファンファーレが鳴り響いた。

「「よろしくお願いしますっ!」」

 思わず声に出したその言葉は、真理英とまるかぶり。思わず笑った。

「あ、でも、きみらのことをミス・ウィッチとして認めたわけじゃないからな? あんまり目立つような行動するなよ」

 え~!?
 まあ、仕方ないか。私たち、ひよっこどころか、卵の(から)すら取れてないようなものだもんね。

「そこのところはもう、これから頑張りますから! きちんと役に立てるように!」

 決意を述べたつもりだったんだけど、キアさんはなぜか渋い顔をして、

「……いや、そういうことじゃなくてさ」

 え? 何か違ったかな?


「赤い」


 わっ、びっくりした。セイランさん、いきなり鋭い声出すから……。
 ……って、なんで窓の外見てるんですか?


 あ。


「空が赤いです……。これって」
 真理英がつぶやく。
 この光景……、間違いない、トウヤだ。

「……あのチビ、ほんとしつこいな。きっとこの空を見れば、ミス・ウィッチが駆けつけてくるとか思ってんだろ。
 科学界で事を起こすのが、どれほど重大なことなのか、わからせてやる」

 素早く立ち上がったキアさんとセイランさん。キアさんはこちらを見て、ちょっと渋い顔をして言う。

「……あいつが相手ならまあ良いか。
 ほら行くぞ」
「あ、ハイ!」

 私と真理英は後に続く。


 学生会館の外に出た私たち。
 外にいた生徒や先生たちは当然みんな、赤い空を見て騒いでいた。

「今日は、空が赤いだけで何も起こりませんね」
 私が言うと、
「あいつらの目的はあくまでミス・ウィッチの殲滅(せんめつ)。ミス・ウィッチさえおびき出せれば、なんでも良いんだよきっと。
 それ以前にトウヤは、好き勝手動いてるだけだから。またいつ光線でも降ってくるかわからない」

 理由のない、光線。それってある意味、とってもおっかないな……。

「とにかく、人目につかないところで準備を整えるよ」
 キアさんが言って、私たちは学生会館の裏に回る。
「……よし、今のうちだ」
 ポケットにさしていたペンを取り出すキアさん。首にかけていたペンダントを手に取るセイランさん。
 それを見て、私は音楽プレーヤーを、真理英は懐中時計を持つ。


 その手に力を込めた私たちを光が包み、止んだときにはミス・ウィッチの姿になっていた。
(この感覚にも、ほんのちょっと慣れてきたよね!)