さよならボーイフレンド

大人になった、今でも思い出す。甘いけれど、どこか酸っぱい─あの人と過ごした高校生活を。

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今日は高校の入学式。人生で初めて、同郷の友だちと離れて過ごす学校生活の始まりは、生憎の雨だった。

「一年一組から順に、今から教室へと移動します。外は雨が降っているので、皆さん傘をさして気をつけて移動してください。」

私、乃木坂詩織は入学初日でとんでもないことをやらかしてしまった。それは─折り畳み傘を持ってくるのを忘れてしまったということ。

ここで苦しい言い訳をすると、昨日まで天気予報は曇りで、しかも雨が降るのは入学式が終わった夕方の時間帯と聞いていたし、私はそれを信じていた。

「天気もつじゃん」、「明日は入学式だし、荷物は少ない方が良いよね」と謎の余裕を見せる私に、ママは「天気予報がそうだとしても、念の為折り畳み傘ぐらいは持っていきなさいよ」って言ってくれてたのに、素直に聞かない娘の私。あーあ、入学初日から本当に最悪すぎる。

「傘のことなんか忘れて、雨の中をそのまま突っ走ろうか。それもまた思い出の一つだよね」と開き直っていると、誰かが私の肩をトントンと叩いてきた。

「え?何?早く行けってこと?」と心の中で呟きながら、慌てて後ろを振り向くとそこには私より背の高い名前もクラスも知らない、ふんわりとした黒髪が特徴的な男の子が立っていた。

その男の子は、初対面である私に言ったのだ。

「良かったら一緒に入りませんか?」

普通、初対面の女子にそうやって声を掛ける人はいるのだろうか。いや、いた。私の目の前に。

クラスも名前も知らないし、私が今日から通う高校は一年生だけでも百名は超えるし、体育館から教室までの移動と言っても、すぐに着くから私の顔なんて覚えていないだろう。

「お願い……します。」

そういうことを一瞬で考えた私は結果的に彼のご厚意に甘えることにした。

いやー人生で初の異性との相合傘が、名前もクラスも何も知らない男の子とはね……人生何があるか分からないものだ。

体育館から屋内に繋がる扉まで彼と一緒に移動した後、「ありがとうございました。私、クラスがこっちなので……」と声を掛けると、「俺もクラスがこっちなんです。」という返答が。いや、まさかのまさか……よね?

取りあえず同じ方面だし、これも何かのご縁ということで、彼と移動しながら「あの、初対面でこんなこと聞くのもどうかと思うのですが……一年何組ですか?」と尋ねると、「三組です」と返ってきた。

「実は……私も三組なんですよ。」

「えっ、そうなんですか!?」

まさかの同じクラスということに驚きを隠せない中、私達はお互いに簡単な自己紹介をした。

「私の名前は乃木坂詩織。出身中学は青葉第二中です。」

「俺の名前は松尾巧。出身中学は笠原中。」

「笠原中なんですか!?仲のいい幼なじみの友だちが笠原中出身で……あっ、ごめんなさい……私達同い年なのに敬語って変ですよね。」

「あははっ、確かに。じゃあ敬語は今からなしということで。」

自己紹介を終えた後、同い年だから敬語は辞めようという話になるぐらい、この短時間の中で仲良くなった私達。

これが私と、高校時代の恋人・松尾巧との少し不思議な出会いである。