ゼアルに「しばらく来なくていい」と言われてから、数日が経った。

 部屋の窓から見える風景は、以前と何も変わっていないのに。
 胸の奥に空いた穴だけが、日に日に大きくなっていくような気がした。

 最初は、少し休めると思った。
 けれど、あの日以来どこか落ち着かなくて、本を読んでいても頭に入らない。

 目が覚めたとき、最初に浮かぶのはゼアルの顔。夜になると、ふと呼ばれるような気がして扉を見てしまう。

 「……なんで、こんなに気になるんだろう……」

 口に出しても、答えは出ない。
 家にいても落ち着かないので、外の空気を吸うことにした。



 気晴らしに、と出かけた街の空は、やけに青かった。  目的もなく歩き回って、気づけば何度も来たことのある雑貨屋の前で足が止まっていた。

 カラン、と扉を開けると、奥から店主のおばちゃんが顔を出す。

 「あら、リィスちゃん。珍しいわね」

 「うん、ちょっと散歩のついでに……」

 そう言いながら棚の小物に目をやる。でも、気はどこか上の空で、選んでいるふりしかできなかった。

 「ふぅん……ねえ、リィスちゃん?」

 不意に声をかけられ、顔を上げると、おばちゃんはじっとこちらを見ていた。

 「な、なに?」

 「悩み事?」

 「えっ……いや、そんなことは……」

 「顔に出てるわよ」

 そう言ってにこりと笑うおばちゃんの目は、どこか見透かすようだった。

 「おばちゃんでよかったら、聞くわよ? 話すだけでも、ちょっとは楽になるものよ」

 その優しい言葉に、胸の奥がちくりと痛んだ。

 「……別に、悩んでるってわけじゃ……。ただ……」

 言葉が詰まる。けれど、おばちゃんは急かさずに待っていてくれる。

 「……会えなくて、寂しいだけ。……それだけ、だと思ってたのに」

 ぽつりとこぼした言葉が、自分の中の何かを崩していく。

 「でも、顔が浮かんで……声が聞きたくなって……。なんでこんなに、気になるんだろうって」

 ごまかしようのない気持ちが、言葉になっていくたび、胸の奥が熱くなる。  ふと、おばちゃんが口を挟んだ。

 「リィスちゃん、それ、恋ってやつじゃないのかい?」

 「恋?」

 「そうさ。相手が目の前にいないときでも、ずうっと相手のことを考えてる。アタシなんかねぇ――」

 昔話を始めたおばちゃんの声を聞き流す。
 頭の中では、"恋"という言葉がグルグル回っていた。

 「私、ゼアルのこと……」

 自分の口から名前が出た瞬間、もう戻れない気がした。

 「……好き、なのかな……」

 口に出したら、空気が変わった。今まで解けなかった謎が解けたような、清々しい解放感。

 「あ、あの、おばちゃん!」

 「それでアタシは――ん?なんだい、リィスちゃん」

 「わ、私、やっぱり、恋してるみたい」

 そう言い切るとおばちゃんは満面の笑みを浮かべる。

 「はははっ!そうかいそうかい!それはいいじゃないか!」

 「ど、どうしたらいいの?考えれば考えるほど、会いたくなっちゃって……」

 「なら、気持ちが変わらない内に突撃さ!」

 おばちゃんはキリッとした顔で、自分の胸を軽く叩いた。

 「わ、わかった!おばちゃん、ありがとう!」

 「どうってことないさ!行っておいで!」

 早口でおばちゃんにお礼を言うと、居ても立っても居られなくなって、店を飛び出した。