リビング・夜

ひなた、そっとドアを開ける。
中ではたすくが一人、無言でレトルトカレーを食べている。

ひなた
「あっ……ご、ごめんなさい」

たすく(スマホを見ながら目は合わせず)
「普通に食えよ、自分の家なんだから」

長い脚を組んだまま、レンジで温めたカレーを片手に口へ運ぶたすく。
無造作な仕草すら格好良くて、ひなたは思わず視線を逸らす。

ひなた
「この前は、ご迷惑おかけしました」

たすく(視線はスマホのまま)
「別に」
冷たい言い方。でも、責めるような感じではない。

たすく
「……あのブツブツ。病院行ってんのか?」

ひなた 戸惑って首を振る

たすく(ぼそっと)
「辛かったら親父に薬出してもらえよ」

ひなたは小さく頷く。
ひなた(モノローグ)
(たすく君って……やっぱり優しいのかな)



森林公園・夕方

の広場で、ひなたとコウシャクがフリスビー遊びを楽しんでいる。
コウシャクがくわえて戻ってくるたびに、ひなたはにっこりと手を叩く。

ひなた「ほら、コウシャク! ナイスキャッチ!」
バッグから犬用のおやつを取り出した瞬間、目の前にトイプードルが飛びかかって横取りする。
驚いたコウシャクは、尻尾を巻いて林の奥へ逃げ出した。

ひなた「コウシャク!? 待って!!」

ひなたはぬかるんだ地面に足を取られながらも必死で追いかける。
空は少しずつ暗くなり、足元が見えにくくなってきた。心臓が早鐘を打つ。

ひなた「コウシャクー! どこにいるの!?」

声が森の静寂にかき消され、ひなたの呼びかけだけが響く。車道へ飛び出すのではと不安が胸を締めつける。

スマホがひなたの手に震えながら届く。画面には「不明」の着信表示。

ひなた「はい……」

たすく
「どこにいる? 親父が遅いから迎えに行けって」

たすくの落ち着いた声に、ひなたは涙混じりに答える。

ひなた
「森林公園の奥です……コウシャクが逃げて……ご、めなさ」
しゃくりあげる

たすく
「すぐ行く」

森林公園入口

颯爽と自転車を停めるたすく。ジャージとTシャツ姿で、汗ひとつ見せない。

たすく ひなたのおでこに軽くデコピン
「電話くらいしろ」

ひなた
「だって、迷惑かけたくなくて…」

たすく「困ったら言えって言ってんだよ」

スマホを操作するたすく。

ひなた「…?」

たすく「コウシャクにつけてるGPS」

ひなたは声も出ずに見つめる。

たすく
「隣町にいる。乗れ」


自転車・二人乗り

ひなた
「私重いから走ります」

たすく
「いいから乗れ。スピード出すからしっかり捕まれ」

ひなたは後ろで必死にしがみつき、赤くなる。


場面転換
ファミレス裏手・夜

たすく
「コウシャク!」
植え込みから、コウシャクが顔をのぞかせる。たすくがひざまずき、そっと手を差し伸べる。普段見せない優しい顔にひなたドキリ

たすく 
「トイプードルごときにびびんなよ」
尻尾を振って駆け寄ったコウシャクを優しく抱きかかえるたすく。
ひなたはほっと息をつき、その場に膝をついて安堵する。
涙が出る。

ひなた「よかった…本当によかった…」

たすくは静かに立ち上がり、ひなたの横に寄る。

たすく「帰るぞ、ヒナ」

ひなた ドキリとする
(“ヒナ”って…呼ばれた)

ひなたはリードを手に、ゆっくり歩き出す。たすくはその横をチャリを押して歩く。