アップルパイとぼくの左手


「甘い物が食べたい。」

そう言って、あと残り僅かなファイルの上になだれ込むわたしの言葉に蒼大は「凪紗の"甘い物"食べたいは、アップルパイだろ?」と笑った。

わたしは大が付く程のアップルパイ好きなのだ。

「よくご存知で。」
「そりゃ、5年の仲だからな。でも、この時間だしなぁ。」

そう言いながら、事務所内の壁掛け時計に視線を移す蒼大。

時刻は19時58分を指しており、とてもじゃないがケーキ屋さんが営業している時間ではなかった。

「とりあえず、何か買って来るな!」
「うん、ありがとう。」
「飲み物は?カフェラテ?」
「イェス。」

わたしの返事に蒼大は椅子から立ち上がると、「了解!」と言いながらリュックから財布だけを取り出し、「じゃ、行ってきます!」と駆けて買い出しへ行ってくれた。

それからものの10分で戻って来た蒼大の手には、コンビニで淹れられるアイスカフェラテ2つと、腕には"甘い物"が入ったレジ袋が下がっていた。

「ただいま。」
「おかえり〜。」

蒼大は、わたしのデスクに2つの内の片方のカフェラテを置くと「凪紗のは、ミルク多めにしてあるから。」と言った。

「さすが蒼大。分かってるぅ。」
「だろ?あと、やっぱりアップルパイはなかったから、代わりにミルク寒天買って来た。」

そう言って、腕から下がるレジ袋からミルク寒天を取り出す蒼大。

ミルク寒天は、アップルパイの次にわたしが好きな"甘い物"だった。