アップルパイとぼくの左手


すると、わたししか残っていない販促部の事務所内に「凪紗?」とわたしの名を呼ぶ聞き慣れた声が響いた。

その声にわたしがふと振り向くと、販促部の事務所入口に蒼大の姿があり、一人残るわたしの姿に驚いた表情を浮かべながら、こちらに歩み寄って来た。

「残業?」
「うん。益田課長から、ここ5年の全地区の売上データを統計して欲しいって頼まれたみたいで。」
「え?益田課長が?でも、それ販促部の仕事じゃなくない?」
「んー、、、でも、鈴井さんにそう頼まれたから。今日中にって。」

わたしの言葉に「今日中に?!」と疑問を浮かべ驚く蒼大は、背負っていたリュックを下ろし、スーツの上着を脱ぐと、わたしの隣のデスクの椅子に上着を掛け、Yシャツを腕捲くりし始めた。

「俺も手伝うよ。」

そう言って、蒼大はわたしのデスクから残りのファイル半分を抱え、わたしのデスクの隣のデスクについた。

「え!いいよ、わたしがやるから!」
「いいからいいから!益田課長の頼みなら、営業部の仕事でもあるってことだろ?休憩時間に凪紗の姿が見えないなぁって思ってたけど、ずっとこの作業してたのか、、
、。それにしても、よくここまで作業進めたな。」

蒼大はそう言うと、わたしの隣で作業の手伝いを始めてくれた。

それから、社内に蒼大とわたししか残らない静かな事務所内には、カタカタとキーボードを打つ音だけが響いていた。

しかし、休憩も取らずに朝からずっと作業詰めだったわたしの身体は限界が近付き、わたしは「あああああああー!!!!喉渇いたー!お腹空いたー!」と両腕を上げて叫んだ。

そんなわたしの姿に蒼大は「そりゃ、そうだよな。」と言い苦笑いを浮かべると、「俺、何か買って来るよ。何がいい?」と言ってくれた。