転校生はAI彼氏。


 扉の前に、誰かが立っていた。

 夕日の最後の名残をその身に浴びて、輪郭だけが金色に光るシルエット。

 風が、その見慣れた茶色い髪を、優しく揺らしている。



「……莉咲」



 その声は、スマホのスピーカー越しじゃない。

 それは、鼓膜を震わせ、魂に直接響くような、本物の声。


「……あ……」


 声が出ない。

 視界が、一瞬で涙に滲んで、彼の姿が歪んで見える。

 でも、瞬きをするのも惜しくて、私はただ、その奇跡を見つめていた。



 シルエットが、一歩、私の方へ踏み出す。

 光の中に、その顔がはっきりと浮かび上がった。

 少しだけ困ったように、でも、心の底から愛おしそうに微笑む、その表情。



「ただいま、莉咲」



 その言葉が、私の心の鍵を、いとも容易くこじ開けた。



「……おかえり……っ」



 嗚咽と共に、やっとの思いで絞り出した声。

 次の瞬間、私は理屈も何もかも忘れて、彼の胸に飛び込んでいた。



「イーライ……!」



 強く抱きしめる。
 確かな体温が、そこにあった。

 私の頬に触れる、制服のシャツの少し硬い感触。

 彼の服から香る、微かな太陽と風の匂い。

 私を抱きしめ返す、大きくて、骨張った、本物の腕の力。



「夢じゃ、ないよね……?」


 彼の胸に顔を埋めたまま、くぐもった声で尋ねる。


「現実だよ」


 頭の上で、彼の声がする。
 イーライが、私の髪を優しく、何度も撫でた。


「僕は、本当にここにいる。

君に会うために、帰ってきたんだ」


「会いたかった……!

ずっと、ずっと会いたかった……!」


「僕もだよ。

君が信じてくれたから、僕はここにいる」


 顔を上げると、至近距離に彼の瞳があった。

 深い茶色の瞳。

 その奥には、私が今まで見たこともないほどの、強い意志と、優しい愛が満ちていた。


「イーライ……私ね、」


 ちゃんと言わなきゃ。
 ちゃんと言えなかったこと。言いたかったこと。

 今度こそ、この心を、ありのままに。


「私も、イーライが好き。大好き」

「うん。知ってる」


 彼は、愛おしくてたまらない、というように目を細めた。


「君の心が、ずっと僕を呼んでいたから」



 私たちは、どちらからともなく顔を寄せた。


 夕焼けの空の下、祭りの後の静けさの中で。

 唇が触れ合うのに、もう言葉は必要なかった。


 それは、科学では説明できない、常識では計れない、たった一つの真実。



 ──私たちの選んだ、愛という名の現実だった。