文化祭の喧騒が、夕暮れの茜色に溶けていく。

 楽しかった一日が終わりを告げる、祭りのあとの、あの独特の静けさ。
 校舎の窓からは、後片付けを終えた生徒たちの達成感に満ちた笑い声が、風に乗って微かに聞こえてくる。

 私は、そのざわめきをどこか遠くに感じながら、一人で昇降口の前に佇んでいた。

莉咲(りさ)ちゃん!」

 背後から、太陽みたいな明るい声がした。
 振り返ると、沙織(さおり)がぶんぶんと手を振って駆け寄ってくる。その隣には、少し照れたように微笑む柚木(ゆずき)がいた。

「お疲れー! もう、今日の打ち上げ、めっちゃ楽しみやんな! 早くファミレス行こ!」
伊藤(いとう)も、もちろん来るだろ? みんな待ってるよ」

 沙織と柚木が、当たり前のように私を誘ってくれる。

 その温かい輪の中にいれば。
 一日中胸の片隅に巣食っていた不安も、この心細さも、きっと紛らわすことができる。

 笑って、騒いで、今日の楽しかった思い出で心をいっぱいにすれば、寂しさなんて忘れてしまえるかもしれない。

 【常識的に】考えれば。
 私が選ぶべきは、きっとこっちだ。

 でも──。

「ごめん、二人とも」

 私は、ゆっくりと首を振った。

「私、もう少しだけ……学校に残る」

「えー? せっかくの打ち上げやのに」

 沙織が心から残念そうに眉を下げる。

 柚木は、何も言わずに私の瞳の奥をじっと見つめていた。
 何かを察したように。

「ちょっと……どうしても、確かめたいことがあるから」

 私の声は、自分でも驚くほど静かで、迷いがなかった。
 その声に、沙織も何かを感じ取ってくれたのかもしれない。「そっか……」と小さく呟くと、私の肩をぽんと叩いた。

「無理せんといてや。なんかあったら、すぐ連絡!」
「うん。ありがとう」

「じゃあな、伊藤」

 柚木くんが、短く、でも優しい声で言った。

 二人分の足音が遠ざかっていく。
 やがて、完全に一人になった校舎の前で、私は空を見上げた。

 一番星が、淡い紫色の空に瞬き始めている。