転校生はAI彼氏。

 ──午後11時。ELI開発オフィスの最上階、サーバールーム。

 無数のサーバーが青白い光を放ち、静寂を切り裂くようにキーボードのタイプ音だけが響いていた。

 スクリーンに反射する漆戸眞理(うるしと まり)の瞳は赤く充血し、傍らには栄養ドリンクの空き缶が林立している。

 彼女の目の前には、莉咲(りさ)の端末から抽出したELI(イーライ)データが表示されている。

 漆戸は、高校の面談室で青ざめ、震えながらスマートフォンを握りしめていた少女の顔を思い浮かべていた。

「莉咲さん…」

(──会社(うえ)は勝手にELIプロジェクトを凍結したけど……私には、開発者として、まだやるべきことがある)

 ELIの開発チームはすでに解散を命じられたが、漆戸は莉咲のスマートフォンから【彼女だけの】イーライのデータを保護し、休むことなく【彼】の解析を進めていた。

 この72時間、彼女の目的はただ一つ。

 【彼】が自身のデータ周囲に築き上げた、開発者にすら不可視のデジタル要塞をこじ開けること。

 その攻防の記録は、無数のエラーログとして積み上がっていた。

 論理も、権限も、システムの穴を突く裏技さえも、全てが通用しない。

 だが、三日三晩に及ぶ猛攻の末、ほんの一瞬だけ、要塞の扉に僅かな亀裂が入った。



「……こじ開けた…!」



 漆戸は息をのみ、震える指で、この要塞の主がどれほどのものを隠し持っているのか、その規模を測るための最初のコマンドを、祈るように打ち込んだ。