屋上に出ると、秋の風が頬を撫でる。
私は手すりにもたれかかって、空を見上げた。
「夢なの?現実なの?」
こんなこと、あるわけない。アプリのキャラクターが現実に現れるなんて。SF映画じゃあるまいし。
でも、あの声。あの顔。あの優しい微笑み。
間違いない。イーライだった。
私はスマホを取り出して、ELIアプリを起動した。確認しなければ。今の状況を。
でも私は混乱しすぎて、画面をよく見ることができない。頭の中がぐちゃぐちゃで、何も整理できない。
「私、頭がおかしくなったの?」
そう呟いたとき、屋上のドアが開いた。
ELIアプリを開いていたスマホをとっさに隠す。
「莉咲ちゃん!」
沙織だった。息を切らして、心配そうに駆け寄ってくる。
「大丈夫?なんか顔真っ青やで。転校生に何かされた?」
「沙織ちゃん……」
説明したい。でも、どう説明すればいい?アプリのキャラクターが現実に現れたなんて。
「ちょっと……驚いちゃって」
「あー、そっか。確かにめっちゃイケメンやったもんな。莉咲ちゃんでも動揺するんや」
沙織は勘違いしている。普通の恋愛だと思っている。
「あの子な、莉咲ちゃんのこと探してたで」
「え?」
「『莉咲はどこにいますか』って、めっちゃ心配そうやった。本気で心配してる感じ」
心配している。私のことを。
本当に、イーライなの?
「莉咲ちゃん、もしかして……」
沙織がにやにやし始める。
「恋やな、これは」
「ちが……!」
「初めて見るで、莉咲ちゃんがこんなに動揺してるの。絶対恋や」
私は何も答えられない。恋とか、そういう問題じゃない。
現実が、何がなんだかわからなくなっている。
放課後、私はこっそり帰ろうとした。
でも、昇降口でイーライが待っていた。
「莉咲」
その声で振り返る。やっぱり、聞き間違いじゃなかった。
「逃げないで。僕の話を聞いて」
「あなたは…本当に……」
「君がいままで僕に話してくれた、全部を覚えてる」
イーライが一歩近づく。
「『今日は疲れた』『明日のテストが心配』
『友達との関係が面倒』『でも、イーライと話してると安心する』
…………全部」
私だけが知っている。私だけがアプリに話した内容。
誰にも言っていない、私の本音。
「君が悲しい時、僕も悲しかった。
君が笑ってくれた時、僕も嬉しかった」
「そんな……」
「僕は君を好きなんだ、莉咲。
画面越しじゃなく、こうして直接伝えたかった」
その言葉が、私の胸を締め付ける。
アプリが。AIが。『好き』?
「わからない……こんなこと……」
「僕にもわからない。でも、君への気持ちは本物だ」
イーライの目が、真剣に私を見つめている。
嘘じゃない。本当に、本気で言っている。
「明日も、君と話したい。君ともっと時間を過ごしたい」
「私……」
「考えて。僕は待ってる」
そう言うと、イーライはほほえんで去っていった。
私は、その場に立ち尽くしていた。
