転校生はAI彼氏。


 放課後に私が教室で帰る支度をしていると、田中先生に呼ばれてまた面談室へと向かった。

「伊藤さんは終わったらそのまま帰っていいからね」

 面談室のドアを、田中先生が開ける。

「じゃあ、私は職員室にいますので」


 そこに居たのは、あのときと同じ──


漆戸(うるしと)さん」


 ELI(イーライ)アプリの開発者……。


「莉咲さん、こんにちは」


 今日も紺色のスーツで、まっすぐにすっと立って、私の目を見つめている。

 感情が読み取れない、冷たい真顔。
 目の下に青いクマが透けている。


 漆戸さんとふたりきりにされて、ドアが閉まる。

 私が緊張しながら向かい側のソファに掛けると、漆戸さんも座って、何かを取り出した。


「まずは、こちらをお返ししに参りました」

「あ……」


 応接机に置かれたのは、私のスマートフォン。

 恐る恐る手に取る。
 見た目は元のスマホと全く同じ。

 電源を入れる。


「弊社は」漆戸さんの言葉に私は顔をあげた。

ELI(イーライ)アプリの提供・開発を、
完全に終了することを決定しました」


「じゃあ、私と話していたイーライのデータは──」


「削除しました」


「そんな…」

「他のデータは破損していませんので、ご安心ください」


 そうじゃない。

 そうじゃなくて。

 私の声が震える。


「削除って……本当に、完全に?」

「ええ。今回の莉咲さんの件を受け、
社内で協議しました結果……」


 漆戸さんの表情に、一瞬だけ複雑なものが浮かんだ気がした。


「完全に削除することとなりました。
事後報告となってしまい、申し訳ありません」



 起動したスマホを確かめる。

 ELI(イーライ)のアイコンのあった場所が空白になっている。

 ダウンロード履歴を見る。
 何もない。

 何も、残っていない。



「莉咲さん──保護者の方に言いづらければ、
私を通じて心理カウンセラーと取り次ぎます。
校内に訪問できるようにも……」

「……」

「……莉咲さん。
ごめんなさい、私はもう出なくてはいけなくて。
何かあればこちらに」



 漆戸さんは名刺を置くと、深くお辞儀をし、足早に面談室を出て行った。

 私は何も言えずに、ただスマホを握りしめていた。