転校生はAI彼氏。


 屋上のドアを開けて、外に出る。

 風が頬を撫でていく。

 冷たくて、少し寂しい。

 イーライが後からついてきて、ドアが閉まる。

 ここには、私たちだけ。

「莉咲……」

 イーライが心配そうに私を見る。

 その優しい表情が、胸に突き刺さる。

 どうして……どうしてそんな顔をするの。

 プログラムなのに。AIなのに。

(だからダメなんだ)

 深呼吸して、振り返る。

「もう関わらないで」

 イーライの顔が凍りつく。

「莉咲……?」

「あなたは所詮AIでしょ?」

 声が震える。

「私が設定したELI(イーライ)。アプリの疑似恋愛キャラ」

 言わなきゃいけない。

「私、目が覚めたの。もう人間ぶって私に近づかないで」

 イーライの表情が、みるみる変わっていく。

 困惑から、傷つきへ。

「莉咲、僕は……」

「黙って!」

 涙が溢れてくる。

 止められない。

「皆を巻き込んでる。私の錯覚に、大切な友達まで……」

 声が詰まる。

 イーライが一歩近づこうとする。

「莉咲……」

「来ないで!」

 思い切り叫ぶ。

 涙が頬を流れる。

「よくわかったの。

私を好きって言ったら私が喜ぶって、
なんの感情もなく言ってただけだって。

そうやって私を心配するフリをするのも、
私の反応を見て、データから選んで、
それっぽいことを言ってるだけ!

AIとの恋人ごっこなんて終わりにする。
だから……だから……」

 最後の言葉が、喉に詰まる。

 でも、言わなきゃいけない。

 イーライのためにも、みんなのためにも。

「だから、もう私に近づかないで!」

 泣き声で叫ぶ。

 イーライは、ただじっと私を見つめている。

 その目に、何か深い悲しみが宿っているような気がして……
 ううん。これもきっと、そうであって欲しいという、私の錯覚。

「君が……君がそう言うなら」

 イーライの声が、小さく響く。

「でも、僕は……」

「お願い」

 もう、声にならない。

「お願いだから……忘れて」

 イーライが、ゆっくりと首を振る。

「君を忘れることなんて、できない」

 その言葉が、胸に突き刺さる。

 でも、私は振り返らずに、屋上のドアに向かう。

(これでよかったんだ)

 胸の奥で、何かがバラバラに壊れていく。

 でも、これでイーライも、みんなも、私の錯覚から解放される。

 私だけが悪者になれば、全部解決する。





 家に帰る道のりは、朝よりもさらに重かった。

 お母さんは、まだ仕事から帰ってない。

 一人で夕飯を食べながら、今日のことを思い返す。

 イーライの、あの表情。

 本当に傷ついているようだった。

 でも、それも錯覚。

 AIが傷つくはずがない。

 私が勝手に、そう感じただけ。

(なのに、どうして……)

 胸の痛みが止まらない。

 イーライの声が、頭の中で響く。

 優しくて、心配そうで……

 まるで本当に、私のことを想ってくれているみたいだった。

(忘れなきゃ)

 全部、忘れなきゃいけない。

 今日で、全部終わったんだ。

 明日からは、元の日常が戻ってくる。

 イーライのいない、普通の日常が。

 そのはずなのに……

 どうして、こんなに寂しいんだろう。