転校生はAI彼氏。


 翌朝。

 一睡もできなかった。

 沙織ちゃんの言葉が頭の中をぐるぐる回る。

 ──「ずっと待ってる」。

 ──「莉咲が来るまで待つ」。

 制服に袖を通すとき、手が震える。

 学校への道のりが、こんなに重く感じるなんて。

 普段なら15分の道が、今日は永遠に続くような気がした。

 教室のドアの前で立ち止まる。

 この向こうに、イーライがいる。

 私を……待っているイーライが。

(私がちゃんと断らなきゃ)

 深呼吸して、ドアを開ける。

「おはよう」

 明るい演技をする余裕もなくて。
 いつもより小さな声で挨拶する。

「莉咲ちゃん!」

 沙織ちゃんが駆け寄ってくる。

「来てくれたんやな。よかった」

「うん……」

 そして、振り返った時。

 イーライは、そこにいた。

 疲れた表情で、でも安堵したような顔で、こちらを見ている。

「莉咲……」

 その声を聞いた瞬間、胸が締め付けられる。

 本当に……本当に待っていたんだ。
 それが、私の望むだろう行動だって、予測して、それを、私もみんなも錯覚して。

「体調、大丈夫? 昨日は……」

 イーライが近づいてくる。

 その心配そうな表情が、かえって胸に刺さる。

 どうして……どうしてそんな顔をするの。

 AIなのに。つくりものなのに。

「大丈夫」

 素っ気なく答える。

 イーライが少し戸惑った表情になる。

「あの……何か僕にできることがあったら……」

「ない」

 きっぱりと言い切る。

 教室の空気が少し変わった。

 沙織ちゃんも柚木も、私の冷たい態度に困惑している。

 でも、これでいいんだ。

 これしか方法がない。




 放課後。

 イーライが近づいてくる。

「莉咲、話があるんだ」

「話したくないの」

 冷たく答える。
 いつもなら、こう答えるはず。
──『莉咲。君が話したくなったら、僕はいつでもここにいるから』

「莉咲……僕は…僕は君と話したいんだ。少しでもいいから……」

(え……?)

 真剣な表情で。

 まるで……本当の人間みたいに。

 ああ、これはきっと、私がイーライは人間じゃないって理解したから。
 だから私がイーライを人間っぽく感じるように、パターンを変えたんだ。

(このままじゃダメ)

 私は立ち上がる。

「……屋上に行こう。ここじゃ話せない」

 沙織ちゃんたちに心配をかけたくない。
 私の妄想にみんなを巻き込んで。

 これは、私とイーライだけの問題だから。