お母さんの声が階段から聞こえる。いつもと違って慎重な感じ。
「うん、起きてる!」
「莉咲……大丈夫?無理しなくていいのよ」
やけに優しくて、心配そうな声。
漆戸さんから話を聞いてるから、腫れ物に触るみたい。
「ちょっと熱があって」
また嘘。きっと、学校に連絡してくれる。「娘が風邪で」って。
本当の理由を知ってるくせに。
家の電話が鳴ってる。
お母さんの声が階段から聞こえる。
「莉咲ー、沙織ちゃんから電話よー」
身体が固まる。
「後で……」
「心配してるみたいよ?」
「今は……出たくない」
しばらく沈黙があって、お母さんが沙織ちゃんに何か説明してるのが聞こえる。
また、嘘をついてもらうことになる。
時計を見ると、もう9時を過ぎていた。
1時間目が始まってる時間。
イーライは……まだそこにいるのだろうか。
それとも、もう消えてしまったの?
みんなには見えてるの?
それとも、私にしか見えていない幻だったの?
沙織ちゃんに聞けば、すぐに分かることなのに。
でも、聞くのが怖い。
もし「イーライって誰?」って言われたら……
もし「そんな転校生いないよ?」って言われたら……
私だけの錯覚だったって、確定してしまう。
(でも、あの時の表情は……)
思い出しそうになって、頭を振る。
ダメだ。また考えてしまう。
イーライのこと、あの優しい笑顔のこと、私の名前を呼ぶ声のこと。
全部、忘れなきゃいけないのに。
