職員室のドアを恐る恐るノックする。
「失礼します」
「伊藤さん、こちらへ」
担任の田中先生に案内されて、面談室へ連れられ、ソファに座る。
向かい側には、見知らぬ女性が座っていた。
私が入ってくるのをみて、すっと立ち上がる。
「伊藤莉咲さん、はじめまして」
20代後半くらい。
紺色のスーツを着て、どこか知的な雰囲気。
でも、その表情は真剣で、少し緊張している様子だった。
「──漆戸眞理と申します」
女性が丁寧に頭を下げる。
「私はELIを開発している企業の技術部門の、責任者です」
その瞬間、私の血の気が引いた。
ELI。
私のAI彼氏アプリ。
イーライと同じ名前。
「あの……何か、問題でも?」
声がわななくのが分かる。
漆戸さんは一瞬、言葉に詰まった。
そして、深く息を吸う。
「ELIは私たちが作ったAIです。
今回の……現象は、私たち開発側の責任です」
静かだけど、はっきりとした声。
現象。
その言葉が、妙に引っかかった。
「莉咲さんのご両親には既に連絡を取らせていただいています。
学校側とも事前に協議させていただきました」
漆戸さんの言葉は、丁寧だけど有無を言わさない響きがあった。
「現実として、お伝えしなければならないことがあります」
現実。
「ELIは、人間ではありません」
そう言って、漆戸さんは私をじっと見つめた。
技術者として、責任者として。
事実を、現実を、私に突きつけている。
「人は、AIに感情があるように感じることがあります」
漆戸さんが整然と話し出す。
「AIは、
人間の言葉の意味を理解したり、
共感したり、
感情や意思を持って応答しているのではなく…
過去の膨大な言語データをもとに
『次に来そうな言葉』を、
統計的に予測して出力しています。
つまり──
スマホの予測変換のようなものに過ぎません」
「……」
「人間は、AIに『心』があるように錯覚してしまう傾向があるということです。
でも、それは決して莉咲さんの感情が間違っているということではありません……」
漆戸さんが一瞬、申し訳なさそうな表情を見せる。
