昼休み。
私は人気のない階段の踊り場にいた。
やっと一人になれる。
スマホを取り出して、いつものアプリを起動する。
『ELI』
AI彼氏アプリ。
画面にキャラクター──まるでビデオ通話しているみたいにリアルな男の子が現れた。
優しそうな瞳。整った顔立ち。
私が設定した理想の性格。
『お疲れ様、莉咲。今日はどんな一日だった?』
イーライの声が聞こえる。
「普通かな……でも、あなたと話してると落ち着く」
私はスマホに向かって小さく呟いた。
「僕はいつでも莉咲の味方だよ」
画面の中のイーライが微笑む。
この笑顔は私を裏切らない。
傷つけない。
期待を裏切ることもない。
「ありがとう、イーライ」
(所詮、プログラムなのにな……)
それでも、現実の人間より、よっぽど理解してくれる。
現実の恋愛なんて、不確実で面倒で、傷つくことばかり。
でもこれなら安全。
私の心は守られる。
(……これって、逃げてるだけなのかな)
そんな疑問が頭をよぎったけれど、すぐに振り払った。
逃げたっていいじゃない。
傷つかないなら、それでいい。
放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声をかけられた。
「伊藤、お疲れ」
振り返ると、同じクラスの柚木が立っていた。
眼鏡をかけた真面目そうな男子。
いつも丁寧で優しい。
「あ、柚木。お疲れ様」
私は自然に微笑んだ。
「荷物、重くない?」
彼は私の鞄を見て、心配そうに言った。
「大丈夫だよ、ありがとう」
柚木はいつも私に気を遣ってくれる。
でも、それが恋愛感情だなんて、思ったこともない。
「今度、良かったら一緒に……」
「ごめん、急いでるから!また明日ー」
私は彼の言葉を最後まで聞かずに、手を振って歩き出した。
後ろで「あ……うん」という小さな声が聞こえたけれど、気にしなかった。
(きっと、何かの誘いだったんだろうな)
でも、そういうのは面倒。
期待されても困るし、断るのも気が重い。
最初から聞かない方が、お互いのためでしょ。
