「伊藤さ、今度図書館で勉強しない?」

 放課後の教室。夕日が窓から差し込んで、教室全体をオレンジ色に染めている。
 柚木が、私の机の前に立っていた。

 えっ。
 柚木が、私に話しかけてる?

「あ…」

 一瞬、言葉に詰まる。

(前にも、こんなことがあったっけ)

 そうだ、確か転校生が来る前に、一度誘われたことがあった。
 あの時は、話を最後まで聞かずに逃げちゃった。

(ちょっと悪いことしたかも…)


「今度、良かったら一緒に…」って言いかけた時、私は「ごめん、急いでるから!」って遮っちゃって。


 あの時の柚木の「あ…うん」って小さな声。

 落胆した表情。


 今思い出すと、胸がちくりと痛む。

 なんて失礼なことをしたんだろう。


 でも最近の私は──


「いいね!一緒に勉強しよう」


 自然に、そんな言葉が口から出てきた。

 自分でも驚くほど、明るい声で。


 あれ?


 私、なんでこんなに前向きに返事できたんだろう。

 前の私なら、また何か理由をつけて断ってたかもしれない。


「本当に? 良かった」


 柚木の顔が、ぱっと明るくなる。

 まるで花が咲いたみたい。


(あ、この笑顔)


 前に断っちゃった時は見れなかった、こんな嬉しそうな表情。

 こんなに喜んでくれるなんて。

 なんだか、ちょっと申し訳ない気持ちになる。

 同時に、少し嬉しくもある。



「イーライも一緒に勉強しない? みんなでやった方が楽しそう」


 振り返ると、イーライが荷物をまとめているところだった。

 夕日が彼の横顔を照らして、とても綺麗に見える。


「もちろん、僕も一緒でよければ」


 彼も自然に返事をしてくれた。

 穏やかな微笑みを浮かべて。


(なんか、こんな風に人と約束するの、久しぶりかも)


 最近、人と話すのが楽しくなってきた気がする。

 前は面倒だと思ってたのに、今は違う。


 そういえば、イーライっていつも「莉咲が友達と楽しく過ごせるといいね」「高校生活を満喫してほしい」って言ってくれてた。

 私がもっと積極的に人と関わることを、彼はずっと願ってくれていたんだ。

 きっと今回の勉強会も、本当に喜んでくれるはず。


「私もテストヤバいし、混ぜて〜な!」


 沙織(さおり)が、私たちの会話に割り込んできた。

 いつものように元気いっぱいで。


「もちろん! 4人でやろう」


 私は笑顔で答えた。

 ──こうして、土曜日の勉強会が決まった。
 なんだか、久しぶりに楽しい予定ができた気がする。