“あの”佐原涼司が振られたらしい。
と、会社中で一気に噂が広まった。
大きく腫れた頬。
相手は誰か……と皆は興味津々だったが、
「階段でよろけてもーて!」
と、ニッコリ笑い、
相手については言及しなかった。
手の跡がバッチリと付いていたが……。
「……痛そうですね。夏希さん」
「へっ!!」
夢中になってパソコンをいじっているところに、
由香がボソッと話しかける。
「佐原さんですよ。あのほっぺ……」
「あ、ああ。そうだよね……
いや~!
階段でよろけてどこにぶつけたんだろね!!」
夏希がわざとらしく言うと、
由香は、
「階段のわけないじゃないですか。
あんな手の跡付かないですよ」
と、ジトッとした目で夏希を疑うように言う。
「そ、そうかな!?私もよく机の端にぶつけて
腰のところ青痣になったりするし!」
「ふぅーん。佐原さんがそんなドジな事する
イメージないですけどね……。
あんな風に、力いっぱいあのイケメンを叩く人なんて、
私には一人しか心当たり無いんですけど……」
由香の視線がより厳しくなる。
夏希は、
「えっ!由香ちゃん心当たりあるの!?
スゴイナ!!!」
と、もはや白状しているような
カタコトの喋り方である。
佐原を思い切り叩いた後、
夏希はもちろん瞬足で逃げた。
それからは、佐原が何か言おうと話しかけるたびに、
ササッと子猿のように逃げた。
それは1週間続いた。
由香はその不審な動きに耐えかねて、
「センパイー、何か相談したいことがあれば、
いつでも聞きますよ?」
と、毎日のように言ってくれていた。
しかし、
夏希はそれにも
「大丈夫!ナニモモンダイナイヨ!!」
とカタコトになり笑顔で逃げた。
