幻の図書館

 目を開けると、わたしたちはまた新たな世界に立っていた。

 そこは図書館というよりも、まるで巨大な劇場だった。ぐるりと赤いビロードの客席が円を描くように並び、中央には光を受けて白く輝くステージ。その上に、ひときわ目を引く人物が立っていた。

 黒いマントをまとい、フードで顔を隠している。動かず、こちらをじっと見ていた。

 「……ようこそ、知の旅人たち。」

 低く、しかし響く声。男性か女性かもわからない。不思議な存在感だった。

 「あなたは……?」

 わたしがそっと前へ進むと、マントの人物はゆっくりと顔を上げた。フードの影で表情は見えない。でも、その視線だけで胸の奥に何かが届くようだった。

 「わたしは“記録の管理者”。そして、図書館の最後の守り人でもある。」

 “守り人”という言葉が、わたしたちの記憶にひっかかった。さっきあった、古い石碑。そこにも同じ言葉が刻まれていた。

 「わたしたちが体験してきた物語……すべて、本当にあったことなんですね。」

 そう尋ねたのはわたし。でも、その問いは、きっとみんなの気持ちを代弁していた。

 マントの人物はうなずいた。

 「そうだ。きみたちが歩んできた物語は、失われた“真実の記録”。だが、それは危険でもある。だからこそ、わたしたちは物語として閉じ込め、人々の記憶からそっと遠ざけてきたのだよ。」

 「それって……隠したってことか?」蒼くんが眉をひそめる。「なぜ?」

 「知識には力がある。そして、力は時に争いを生む。だからわたしたちは“図書館”をつくり、真実を選ばれた者だけに委ねることにした。それが、この図書館の役割。」

 そのとき、劇場の床に魔法のような光が走り、ステージの中央にいくつもの映像が浮かび上がる。まるで記憶のスクリーンのようだった。

 そこには、わたしたちが歩んできたすべての物語が映し出されていた。

 仮面の町で出会ったピエロ、時計塔の中で迷子になった少年、忘れられた図書室で見つけた日記、夢見る森の奥で聞いた少女の声。

 そして、最初に図書館の扉を開いた、あの日のわたしたちの姿まで――。

 「これらは、過去に実在した“知識の断片”をもとに作られた記録。だが、時間とともに忘れ去られ、物語の形に姿を変えた。」

 「でも……どうしてわたしたちにだけ?」

 わたしの言葉に、管理者はしばし沈黙した後、静かに口を開いた。

 「知の試練を乗り越える力と、真実を受け入れる心を持つ者。それを持つ者が現れるまで、図書館は眠っていた。だが今……時は満ちた。きみたちがその扉を開いた。」

 舞台の光が、わたしたちを照らす。まるで、スポットライトのように。

 そのとき、わたしは気づいた。

 これまでの旅は、ただの冒険じゃなかった。わくわくする読書の延長でもなかった。

 わたしたちはこの“図書館”の物語に選ばれた。いや――

 この物語に、呼ばれていたのだ。