幻の図書館

 その声は、小さくてかすれていたけれど、たしかに少女のものだった。

 わたしは思わず、少女の手をにぎりしめた。すると彼女の目から、ぽろりと涙がこぼれた。

 「やっぱり……あれは、あなたの声なんだよね。」

 影はゆっくりと形を変え、光の粒になって少女の胸のあたりに吸い込まれていった。そして――少女の体が、やわらかく光った。

 「う……ううん……。」

 少女が、のどをおさえて小さくうめいた。

 「……しゃべれる……の?」

 わたしが声をかけると、少女はこくりとうなずいて、ゆっくりと口を開いた。

 「……わたし……リリィっていうの。」

 その瞬間、風がふわりと吹いて、霧がすっと晴れた。まるで、森全体がほっと息をついたように感じた。

 「リリィ……かわいい名前だね!」

 紗良ちゃんがにっこり笑うと、リリィもはにかむように笑い返した。

 やっと、彼女は“声”を取り戻したんだ。

 「よかったな。」と蒼くんも、いつになくやさしい表情で言った。

 わたしたちは静かな湖のそばに腰を下ろし、リリィの話を聞いた。

 彼女は、この森に迷い込み、いつの間にか声をなくしてしまったという。

 「気がついたら、名前も思い出せなかったの。でも、あなたたちと会って……すこしずつ思い出せたの。」

 リリィの目は、どこか遠くを見つめていた。まるで、ずっと前から誰かを待っていたような、そんなまなざしだった。

 「……もしかして、リリィも“本の世界”の登場人物なのかな。」

 わたしの問いに、リリィは少し考えてから、静かにうなずいた。

 「うん。でも、わたしには“役目”があるの。この森の“秘密”を、あなたたちに伝えるって。」

 「秘密……?」

 岳先輩が目を細める。

 「それって、この森がどうしてできたのか、とか?」

 「うん。それと――“図書館”のことも。」

 リリィの言葉に、わたしたちは思わず顔を見合わせた。

 「あの図書館のこと、知ってるの?」

 「ほんの少しだけ。でも、この森の“奥”に進めば、もっとわかることがあると思う。」

 リリィは立ち上がり、湖のほとりにある一本の大きな木を指さした。

 「この木の根元に、“鍵”があるの。その鍵を使えば、森の奥へ行けるはず……。」

 わたしたちは顔を見合わせ、静かにうなずいた。

 この森の奥には、まだまだ秘密がありそうだ。そして、それは――あの図書館とつながっているかもしれない。