幻の図書館

 「静かな湖って……この森のどこかにあるのかな?」

 わたしがつぶやくと、蒼くんがうなずいた。

 「たぶん、このメッセージは“謎”なんだ。この森の中に仕掛けられた、声を取り戻すための鍵みたいなもの。」

 「なら、湖を探せばいいんだね!」紗良ちゃんは元気いっぱいに言ったけれど、わたしたちはすぐには動けなかった。

 森の中は霧が出はじめ、さっきまで見えていた道が、ゆっくりと消えていったからだ。

 「わっ……! 道がなくなってる!? これって、もしかして、また迷路のパターン!?」

 紗良ちゃんがあたふたと辺りを見回す。霧は白く、やわらかくて、でもどこか冷たかった。

 「落ち着いて。こういうときは、目印になるものを探すんだ。」と蒼くん。

 わたしは少女の手をにぎりながら、ゆっくりとまわりを見回した。霧の向こうに、なにか光るものが見えた気がした。

 「あそこ……!」

 わたしが指さすと、岳先輩もすぐに気づいた。

 「光の反射?いや……あれは、水面かもしれない。」

 霧をかき分けながら、わたしたちは光の方へ進んでいった。

 やがて、木々の間にぽっかりと開けた場所が現れ、そこに――静かな湖が広がっていた。

 「わあ……きれい……。」

 湖はまるで鏡のように静かで、空の色や木の影をそのまま映していた。水面には、白い花がいくつも浮かんでいて、まるで夢の中にいるようだった。

 少女は湖のほとりに近づき、そっとしゃがみこんだ。そして、ひとつの花に手を伸ばした。

 ――そのときだった。

 水面がゆらりと揺れて、白い霧がまた立ちこめた。

 そして、霧の中から、何かの「影」が現れた。

 「……なんだ、あれ……!」

 蒼くんが前に出て、わたしたちをかばうように立った。

 その影は、ふわふわと浮いていて、形がはっきりしなかった。でも、何かを「探している」ような気配があった。

 少女はおびえたように、わたしの後ろにかくれる。

 でも、わたしにはわかった。

 ――あれは、敵じゃない。きっと、彼女の声を運んでくる“何か”。

 「……ねえ、まって。多分、こわくない。」

 わたしが前に出て、影に声をかける。

 すると、その影はふわりとこちらに近づいてきて――。

 少女の前で、ゆっくりと、その姿を変えた。

 今にも消えそうな声で、誰かが、こうつぶやいた。

 「……かえして……わたしの……こえ……。」