幻の図書館

 少女の手は、ひんやりとしていたけれど、ほんの少しだけ、わたしの指をにぎり返してくれた。

 「名前、なんていうの?」

 わたしがたずねても、少女は黙ったまま、小さく首をふる。

 「……名前も、忘れちゃったのかも。」

 岳先輩のその言葉に、蒼くんが森の奥を見ながらつぶやく。

 「この森、変だ。さっきから方角がまったくわからない。下手に歩いたら迷子になるぞ。」

 「でも、じっとしてたってしょうがないよ。」と、紗良ちゃんが元気よく言った。「この子の声、きっとどこかにあるんだよね? だったら探しに行こう!」

 「うん、まずは手がかりを探すのが先決だね。」岳先輩も腕を組んでうなずく。

 少女は何も言わなかったけれど、わたしたちの話を聞いて、少しだけ顔を上げた。目元がまだ涙でぬれていたけれど、ほんの少し、光が戻っていた気がする。

 「よし。みんなで、この子の声を探す冒険に出発しよう!」

 わたしたちは、少女と一緒に森の奥へと歩き出した。


 しばらく進むと、森の様子が少しずつ変わっていった。

 木の葉がさざ波のように音を立て、地面には不思議な模様が浮かんでいた。ぐるぐると回る渦巻き、三角や四角の記号、どれも見たことのない不思議な印だった。

 「なにこれ?文字……なの?」

 わたしがそう言うと、岳先輩がしゃがみ込んでその模様を指さす。

 「これは、古代の森で使われていた言葉だ。民俗学の本で見たことがある。昔の人たちは、言葉や思いを森に刻んで残していたらしい。」

 「森に……言葉を刻む?」

 紗良ちゃんはそっと手をのばし、模様のひとつに指を重ねた。

 すると――。

 ぽん、と小さな音がして、目の前に青白い光がふわりと浮かび上がった。

 「ひ、ひかりちゃん! それなに!? わたし、また変なとこ触っちゃった!? ごめん!」と、紗良ちゃんがあわてる。

 「ちがうよ。これ……見て。なにか、メッセージが浮かんでる。」

 青白い光の中に、ひとつの文章が現れた。

 ――「森は夢を守る。声は夢に隠される。夢の扉をくぐる者よ、静かな湖を目指せ。」

 「夢……。湖?」

 少女の顔が、ほんの少しだけ変わった。目を細めて、遠くを見つめるように。

 きっと、その場所に――彼女の声が、ある。