幻の図書館

 光の栞が、ふわりと浮かび上がると、教室の奥の壁がゆっくりと開いていった。

 中から現れたのは、今まで見たどの部屋よりも古びた、けれど温かみのある空間――小さな図書室だった。

 木の棚に並ぶ本は、どれも手作りのように見えた。表紙には、子どもたちの描いた絵や文字がぎっしりつまっている。

 「これ……全部、誰かの“思い出”の本なんだね。」

 紗良ちゃんがそっと手をのばし、一冊を手に取った。中には、折り紙で作った栞、友だちと交換した手紙のコピー、そして……写真。

 その写真には、さっき日記に出てきた女の子と、笑顔の子どもたちが写っていた。

 「この図書館……消された記憶を集めて、静かに守っていたんだ。」

 岳先輩の声が、どこか感動しているように聞こえた。

 すると、あの番人が再び現れた。けれど、もうローブで顔は隠れていなかった。

 やさしい目をした中年の女性――どこか、見覚えがある気がした。

 「あなたは……。」

 「わたしは、この図書室の最後の司書。この場所が忘れられ、誰にも読まれなくなったとき、わたしの姿も消えたの。でも、あなたたちがあの子の記憶を集めてくれたおかげで、この図書室はふたたび息を吹き返したわ。」

 彼女の声には、温かさと、少しのさびしさが混じっていた。

 「この場所は、現実ではもう失われた学校にあった、小さな図書室の記憶。だけど、ここにあるかぎり、誰かがまた思い出してくれる。――それが、“あの図書室”の役目なのよ。」

 わたしは、胸がいっぱいになった。忘れられてしまった大切なものたちが、静かに、でも確かにここにある。そのことが、どうしようもなく尊く思えた。

 「ひかり……帰ろう。」

 蒼くんの声で、わたしはふっと我にかえった。

 わたしたちは、本の栞を手に、光に包まれてゆく。

 そして――ふたたび、あの図書館へ戻ってきた。

 あの本は、まるで何もなかったかのように静かに棚に戻っていた。でも、わたしたちは知っている。そこに確かに、誰かの思い出が宿っていたことを。

 「この場所……本当に、ただの図書館じゃないよね。」

 紗良ちゃんが言うと、みんながうなずいた。

 「この図書館には、まだまだ秘密がある。きっと、もっと深い場所が……。」

 岳先輩がそう言ったとき、書庫の奥で、またひとつの扉が、そっと音を立てて開いた。

 わたしたちは顔を見合わせ、静かにうなずく。

 新しい物語が、またわたしたちを待っている――そう思った。