幻の図書館

 日記の文字は、まるで空気に溶けるように、すっと消えていった。

 けれど、わたしの胸にはその言葉が深く残っていた。

 ――あの本だけは、守りたかった。

 「きっと、その本が“鍵”なんだね。」

 そうつぶやいたのは、紗良ちゃんだった。彼女は女の子のいた机のあたりをじっと見つめている。

 「探そう。きっとこの教室のどこかに、手がかりがあるはずだよ。」

 わたしはみんなにそう言って、机の引き出しや本棚を調べはじめた。埃をかぶったノート、破れたプリント、古いアルバム……どれも大事なものだったんだろうけど、“あの本”じゃない。

 ふと、蒼くんが窓の近くでしゃがみこんだ。

 「ここ……床板がゆるんでる。」

 彼がそっと板を持ち上げると、その下に、小さな布にくるまれたものが隠されていた。

 それは、ボロボロになった一冊の本だった。表紙はすりきれ、文字はもう読めない。

 でも、その本にそっとふれた瞬間――教室全体が白く光りだした。

 「……これが、“記憶の鍵”!?」

 岳先輩の声と同時に、本はまぶしい光を放ち、わたしたちの手の中で静かに開かれた。

 ページの中には、たくさんの落書きや、誰かの文字で埋め尽くされた日記のようなものが記されていた。

 「これ、さっきの日記の続きだ……。」

 わたしは声を出して読んだ。

 「“先生に内緒で本を持ち出して、ごめんなさい。でも、この本には大切な思い出がつまっているから。わたしが守らなきゃって思ったの”」

 そのページを読み終えたとき――あのローブの番人が、再び現れた。

 「……記憶は、封じられていた。だが、思い出された今、その本は光を取り戻した。」

 忘却の番人の声は、今までよりもやさしく聞こえた。

 「これで、鍵がそろったの?」

 わたしがそう尋ねると、忘却の番人は小さくうなずいた。

 「最後の扉が開かれる。だが、忘れてはならぬ……記憶は、ときに重たく、傷つけることもある。それでも進むか?」

 わたしたちは顔を見合わせた。

 怖い気持ちはあった。けれど、それ以上に――知りたい、という思いが強かった。

 「進もう。わたしたちで、真実を見つけるの。」

 そう答えたわたしの手の中で、本が光の栞を生み出した。

 それは、これから先への道しるべだった。