幻の図書館

 「……あ、落ちた。」

 紗良ちゃんがぽとりと落ちた別の本を拾い上げた。

 「ねえ、これも中、見ていいかな?」

 「うん、気になるし……読んでみよう。」

 わたしと紗良ちゃんで、本のページをそっとめくった。

 そこには、まるで絵本のようなやさしいタッチのイラストが描かれていた。おじいさんと、小さな女の子。広い草原をいっしょに歩いているような絵だった。

 けれど、ページを進めるごとに、空の色がどんどん暗くなっていった。

 おじいさんの顔が見えなくなって、女の子がひとりで歩いている。

 そして最後のページには、ぽつんと、ひとつの言葉だけが書かれていた。

 『忘れたくなかったのに』

 「……これって、思い出を失ってしまったってこと?」

 わたしは、胸がぎゅっとしめつけられるような気がした。

 「でも、どうしてその記憶がこの図書館にあるんだ?」

 蒼くんが、棚をひとつひとつ調べながら言った。

 「ねえ、これ見て。棚の番号……なんか、誕生日みたいな数字になってない?」

 岳先輩が、小さく声をあげた。

 たしかに、棚のラベルには「11.08」「04.12」みたいな数字が並んでいた。

 「誰かの記憶が、誕生日で分類されているのかもしれないね。」

 「でも、誰の?」

 そのとき――カツン、と何かが棚の奥で音を立てた。

 「……誰か、いる?」

 わたしたちは、そろってその方向を見つめた。

 静まり返った図書館の奥。そこに、ゆらりと人影が現れた。

 小さな体、古い服、そして顔の半分を隠すような、大きなマスク。

 「……こんにちは。」

 かすれた声が聞こえた。

 「あなた、だれ?」

 わたしがそっと声をかけると、その子はふっと笑った。

 「ぼくは“しおり”だよ。この図書館の、見張り役。」

 「見張り役……?」

 どういうこと?でも、この世界では、何が起きても不思議じゃない。

 「きみたちは、記憶を探しに来たんだね?」

 「……うん。忘れられた記憶を見つけないと、元の世界には戻れないって……。」

 わたしが言うと、しおりくんは小さくうなずいた。

 「この図書館には、世界からこぼれ落ちた記憶が集まるんだ。思い出したくても、忘れてしまったこと。思い出してはいけないと、閉じこめられたこと……。」

 その言葉に、蒼くんが眉をひそめた。

 「つまり……“誰かが意図的に封じた記憶”もあるってことか。」

 しおりくんは、こくんと首を縦にふった。

 「そして、その中に、“あの図書館”の秘密も、きっと眠ってる。」

 わたしの胸の奥が、ざわっと波立った。

 ――あの図書館の、秘密?