幻の図書館

 わたしたちは、カイくんを加えて、時計塔の奥へと進んだ。

 もう一度、らせん階段をのぼっていく。

 天井に近づくにつれ、塔の中はどんどん不思議な空気になっていった。

 「……ん?」

 蒼くんが、立ち止まる。

 そこは、さっき通った場所と、よく似ていた。

 だけど――よく見ると、ちょっとだけちがう。

 壁の時計の針が、左回りになっていたり。

 さっきは開いていた扉が、今は閉まっていたり。

 まるで、何かが逆さまになっているみたい……。

 「ここ……同じ場所をぐるぐる回ってるんじゃない?」

 紗良ちゃんが、不安そうに言った。

 「ちがうよ。少しずつ、何かが変わってる。」

 カイくんが、歯車のひとつを指さす。

 「この歯車、さっきは12個だったのに、今は11個しかない。」

 「つまり……時計塔の中の“時間”そのものが、ずれていってるんだ。」

 わたしは、心の中がピンと張りつめるのを感じた。


 ――この塔は、「時間」をテーマにした迷宮なんだ。


 「謎がある。それなら、絶対に何かのルールがあるはず。」

 岳先輩がそうつぶやいたとき、ふと壁に目をやった。

 そこには、一枚の古びたパネルがかかっていた。


 《時間の扉は、数の謎を解く者にのみ、道をひらく》


 「数の謎……?」

 パネルの下には、古い時計のような丸い盤と、数字のついたレバーがついていた。

 どうやら、正しい時刻をセットすることで次の扉が開く仕組みらしい。

 「でも、ヒントがないと無理だよ……。」

 わたしがそう言ったときだった。

 カイくんが、ポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出した。

 「これ……お父さんが残した、時計塔のメモ。何かあるかもしれない。」

 みんなで紙をのぞきこむ。

 そこには、こんなふうに書かれていた。


 《正午には、影は真下に落ちる。
  三時間前には、東に四分の一。
  二時間後には、西に六分の一伸びる。
  時刻がもどるたび、影は進む。
  影が東に二分の一伸びたとき、扉は開かれる。》


 「……な、なにこれ?国語の文章みたい……。」

 紗良ちゃんが、眉をしかめる。

 でもわたしは、なぜかワクワクしていた。

 こういう、ヒントの中に隠されたパズルの謎って、大好きだから。

 「これは、きっと“時計の針が示す時間”のことだよ。」

 わたしは、紙を取り出して、メモをとりながら考えた。

 「正午=12時。その三時間前は9時。
 そのとき“東に四分の一”ってあるから、これは角度を表してるのかも。」

 「なるほど……。」

 蒼くんが、うなずく。

 「そのあとのは“二時間後”だから、2時のことだな。
  西に六分の一ってあるけど、つまり……この影の変化で、どの時間を指しているかを解けってことか?」

 「たぶん……そして、“時刻がもどるたび、影は進む”ってことは――逆に考えなきゃいけないんだ!」

 わたしは、手元のノートに円を描いて、影の向きをイメージした。


 12時のとき、影は6時の方向。9時のときは、12時の場所を北と考えて東側に四分の一進んで――3時。

 2時のときは、さっきと一緒で12時を北と考えて西側に六分の一進んで――8時。

 3時の向かい合わせ()にあるのは9時。8時の向かい合わせ()にあるのは2時。

 それじゃあ影が正午――真下にあるときから東側に二分の一進んだら……12時。それで、この12時の向かい合わせ()にあるのは――。


 うん。わかった!

 「答えは、“6時”!」

 蒼くんが装置のレバーをくるっとまわし、針を6に合わせる。

 すると――時計の針がカチリと動いて、カギが外れる音がした!


 ゴウン、ゴウン……!


 塔の奥の扉が、重々しく開いた。

 「やった……!」

 思わず、みんなで顔を見合わせた。

 この塔の謎は、どうやら“時間の流れ”と“数字の感覚”がカギみたい。

 「さすがだね、ひかりちゃん!」

 岳先輩が、目をきらきらさせながら言った。

 「えへへ……。でも、まだまだこれからだよ。」

 わたしは胸を張って、次の階段へと足を踏み出した。