そして、約束の土曜日になった。
わたしは一人、駅前の広場にあるベンチに腰かけている。待ち合わせの時間までは、あと十分くらい。
(少し早く着き過ぎたかな……)
でも、仕方ない。今朝はずっと支度でバタバタしていて、遅刻しないことだけに気をつけていたから。何を着ていったらいいのかとか、髪形をどうしようかとか、そんならしくないことをぐるぐると考えて色々とっかえひっかえしていたんだ。
そわそわ落ち着かないけど、とりあえずスマホの写真でも見て落ち着こう。そう思って視線を下げた矢先のこと。
「ごめん、待たせたか?」
「あ……野崎くん。お、おはよう」
「おはよ。来てくれてありがとな」
ニッと笑った野崎くんを見上げて、わたしは何故か落ち着かない気持ちになった。落ち着かないのはさっきからずっとだけど、それとはまた別の緊張感とは違う何か。その正体を考える間もなく、わたしは立ち上がった。
「待たせなくてよかった。何処に行く?」
野崎くんは、半袖のパーカーにパンツ姿。そして黒のボディバッグをかけている。学校で見る制服姿とは当たり前だけど印象が違って、何故かドキドキした。
変に意識しないようにと思ってわずかに目を逸らすけど、何故か野崎くんの方がわたしの視界に入って来る。
「あ、あの……?」
「角田、いつも学校で会うのと雰囲気違うなって思ってさ。可愛いじゃん」
「――っ!」
顔が熱い。確実に顔が赤くなってる。わたしは両手で顔を覆ってうつむいた。
今日は、実は今朝になってから悩んだ末の格好なのだ。小さめのリボンのついたブラウスに、リボンと同じ紺色のキュロットを選んだ。ちなみに肩まで伸びた髪は、シュシュでくくっている。
朱李ちゃんと一緒に遊びに行く時と、そこまで変わらない服装だ。むしろ、動きやすいようにと思って選んでもいる。だけど実は、シュシュは今日初めて使うものだったりする。白いフリルのついた可愛らしい薄桃色のシュシュ。
「……あれ? 角田? 角田さーん?」
「……きゅ、急に褒められたらびっくりするから」
「もしかして、照れたのか?」
「あ、改めて聞かないで」
深呼吸を繰り返して、わたしはようやく顔を上げる。それから、意を決して立っている野崎くんを見上げると、笑顔の彼と目が合った。
「ご、ごめんね。突然うつむいたりして」
「全然。……むしろ、意識してくれて嬉しいし」
「……何か言った?」
よく聞こえなかった。そう思って首をかしげるけど、野崎くんは「何でもない」と笑うだけ。
「よっし、行こうぜ。まずは、商店街の方な」
「わかった」
二人で連れ立って、歩き出す。
実は、早くこの場を去りたかったのが本音。なんでって、同じように待ち合わせしてるみたいな女の子たちの視線が痛かったから。「かっこいい」「あ、でも彼女持ちかぁ」「でもさぁ……」みたいな声が聞こえてくるんだもん。いたたまれなかったよ。……わたし、彼女じゃないし。
そんなわたしの心情なんて知らず、野崎くんは昨日青山くんとした勉強会のことを楽しそうに話してくれる。
「……で、青山の間違い方がわからなくて、二人して三十分くらい悩んでようやく見付けてさぁ」
「結局何処だったの?」
「それが、最初の式から数字が間違ってたんだよ。一桁。そりゃあ計算合わないよな」
「ふふっ、なにそれ。でも気付いてよかったね」
「な。あの三十分は何だったんだよって笑ったわ」
そんなたわいもない話をしていたら、近くの商店街に到着した。ここは大小様々なお店があって、わたしもよくお世話になるんだ。何故野崎くんがここを選んだのか、気になって尋ねてみる。
「そりゃ、このあたりで見たっていう目撃情報が多いからだよ。もしかしたら、そのへんを歩いてるかもしれないだろ?」
「……なるほど」
確かにこの辺りはよく行くし、間違っていない。ただ、今日はそういうことはしない予定だから会わないと思うけど……。
目を輝かせる野崎くんには申し訳ないなと思いながら、わたしは折角の機会を楽しむことにしていた。青山くんは来ないんだってさっき確認したしね。
「え、来ないの?」
「……むしろ、来てほしかったのか?」
「いや……。他にも誰かいるのかと思ってたから」
「ふぅん……。残念だけど、俺と角田だけだから」
「ざ、残念とかじゃないよ!」
なんていう時間があって、誤解を解くのに時間がかかってしまった。誤解というとちょっと違うのかもしれないけど。
そんなことを考えていると、野崎くんが「ま、人捜しもあるけどさ」と笑う。
「面白そうな店、色々入ってみようぜ。まずはあのガチャガチャのとか!」
「え? ちょっ……待ってよー!」
野崎くんがぐんぐん進んで行くものだから、追いかけざるを得ない。……あれ、もしかして本当に遊ぶだけ?
(捜し人の手がかり、そもそもないもんね。うん、わたしも基本的には楽しんじゃお)
面白いガチャガチャを見付けたみたいで、野崎くんがわたしを呼ぶ。仕方ないなぁ、とわたしも自然と笑顔になっていた。
わたしは一人、駅前の広場にあるベンチに腰かけている。待ち合わせの時間までは、あと十分くらい。
(少し早く着き過ぎたかな……)
でも、仕方ない。今朝はずっと支度でバタバタしていて、遅刻しないことだけに気をつけていたから。何を着ていったらいいのかとか、髪形をどうしようかとか、そんならしくないことをぐるぐると考えて色々とっかえひっかえしていたんだ。
そわそわ落ち着かないけど、とりあえずスマホの写真でも見て落ち着こう。そう思って視線を下げた矢先のこと。
「ごめん、待たせたか?」
「あ……野崎くん。お、おはよう」
「おはよ。来てくれてありがとな」
ニッと笑った野崎くんを見上げて、わたしは何故か落ち着かない気持ちになった。落ち着かないのはさっきからずっとだけど、それとはまた別の緊張感とは違う何か。その正体を考える間もなく、わたしは立ち上がった。
「待たせなくてよかった。何処に行く?」
野崎くんは、半袖のパーカーにパンツ姿。そして黒のボディバッグをかけている。学校で見る制服姿とは当たり前だけど印象が違って、何故かドキドキした。
変に意識しないようにと思ってわずかに目を逸らすけど、何故か野崎くんの方がわたしの視界に入って来る。
「あ、あの……?」
「角田、いつも学校で会うのと雰囲気違うなって思ってさ。可愛いじゃん」
「――っ!」
顔が熱い。確実に顔が赤くなってる。わたしは両手で顔を覆ってうつむいた。
今日は、実は今朝になってから悩んだ末の格好なのだ。小さめのリボンのついたブラウスに、リボンと同じ紺色のキュロットを選んだ。ちなみに肩まで伸びた髪は、シュシュでくくっている。
朱李ちゃんと一緒に遊びに行く時と、そこまで変わらない服装だ。むしろ、動きやすいようにと思って選んでもいる。だけど実は、シュシュは今日初めて使うものだったりする。白いフリルのついた可愛らしい薄桃色のシュシュ。
「……あれ? 角田? 角田さーん?」
「……きゅ、急に褒められたらびっくりするから」
「もしかして、照れたのか?」
「あ、改めて聞かないで」
深呼吸を繰り返して、わたしはようやく顔を上げる。それから、意を決して立っている野崎くんを見上げると、笑顔の彼と目が合った。
「ご、ごめんね。突然うつむいたりして」
「全然。……むしろ、意識してくれて嬉しいし」
「……何か言った?」
よく聞こえなかった。そう思って首をかしげるけど、野崎くんは「何でもない」と笑うだけ。
「よっし、行こうぜ。まずは、商店街の方な」
「わかった」
二人で連れ立って、歩き出す。
実は、早くこの場を去りたかったのが本音。なんでって、同じように待ち合わせしてるみたいな女の子たちの視線が痛かったから。「かっこいい」「あ、でも彼女持ちかぁ」「でもさぁ……」みたいな声が聞こえてくるんだもん。いたたまれなかったよ。……わたし、彼女じゃないし。
そんなわたしの心情なんて知らず、野崎くんは昨日青山くんとした勉強会のことを楽しそうに話してくれる。
「……で、青山の間違い方がわからなくて、二人して三十分くらい悩んでようやく見付けてさぁ」
「結局何処だったの?」
「それが、最初の式から数字が間違ってたんだよ。一桁。そりゃあ計算合わないよな」
「ふふっ、なにそれ。でも気付いてよかったね」
「な。あの三十分は何だったんだよって笑ったわ」
そんなたわいもない話をしていたら、近くの商店街に到着した。ここは大小様々なお店があって、わたしもよくお世話になるんだ。何故野崎くんがここを選んだのか、気になって尋ねてみる。
「そりゃ、このあたりで見たっていう目撃情報が多いからだよ。もしかしたら、そのへんを歩いてるかもしれないだろ?」
「……なるほど」
確かにこの辺りはよく行くし、間違っていない。ただ、今日はそういうことはしない予定だから会わないと思うけど……。
目を輝かせる野崎くんには申し訳ないなと思いながら、わたしは折角の機会を楽しむことにしていた。青山くんは来ないんだってさっき確認したしね。
「え、来ないの?」
「……むしろ、来てほしかったのか?」
「いや……。他にも誰かいるのかと思ってたから」
「ふぅん……。残念だけど、俺と角田だけだから」
「ざ、残念とかじゃないよ!」
なんていう時間があって、誤解を解くのに時間がかかってしまった。誤解というとちょっと違うのかもしれないけど。
そんなことを考えていると、野崎くんが「ま、人捜しもあるけどさ」と笑う。
「面白そうな店、色々入ってみようぜ。まずはあのガチャガチャのとか!」
「え? ちょっ……待ってよー!」
野崎くんがぐんぐん進んで行くものだから、追いかけざるを得ない。……あれ、もしかして本当に遊ぶだけ?
(捜し人の手がかり、そもそもないもんね。うん、わたしも基本的には楽しんじゃお)
面白いガチャガチャを見付けたみたいで、野崎くんがわたしを呼ぶ。仕方ないなぁ、とわたしも自然と笑顔になっていた。
