青空の下、朱李ちゃんの黄色い声が響く。
「え。うっそ。おめでとう、水月ーーー!!」
「あ、ありがと……朱李ちゃん、くるし……」
「ごめんごめん!」
翌日の昼休み、わたしは朱李ちゃんに野崎くんとお付き合いすることになったと報告した。そうしたら、突然がばっと抱き締められて苦しかったんだけど。
笑いながらわたしを解放してくれた後、朱李ちゃんはちらっと教室の方を見てにやつく。
「それにしても、ようやくだったね。わたしなんて、ハラハラしてたんだよ」
「え……朱李ちゃん、野崎くんのその……気持ち、知ってたの?」
「うん」
はっきりと頷く朱李ちゃんに、わたしは脱力した。危うくお弁当箱を落としそうになって、慌てる。
「そ、そんなはっきりと……」
「だけど、これは二人の問題だから。勝手にわたしが伝えることも出来るけど、それっていらないよなぁって思ったの。だから、こうやって水月から聞けて、わたしは嬉しい」
「朱李ちゃぁぁん……っ」
「かわいいぞ、水月!」
目がうるんできた。そんなわたしの頭を下げを、朱李ちゃんが撫でる。
その朱李ちゃんの手を、「こら」と言って制する声がした。二人で見上げると、野崎くんと青山くんが立っている。野崎くんは複雑そうな顔をしていて、青山くんは笑っていた。
「二人でお昼? 良いね」
「そうだよ。良いでしょ、野崎くん?」
「あてつけみたいに……」
野崎くんの眉がぴくっと動く。それが面白くてうれしくて、思わずくすくす笑ってしまった。それを目ざとく野崎くんに見付けられて、「笑うなよ」と言われてしまう。
「ごめん。ちょっとうれしく……て……」
「そこで照れるな。こっちが恥ずくなる」
「お前ら二人に照れられたら、俺らがどうしようもなくなるだろ。耐えろ」
「あははっ。青山くん、なかなかひどいこと言うね」
ひどいと言いながら、朱李ちゃんは楽しそうだ。
朱李ちゃんが身を乗り出し、わたしの両手をつかむ。胸元まで上げて、お願いがあるんだけど、とじっと見つめてきた。
「水月、野崎くんの彼女でもわたしとも遊んでね?」
「当たり前だよ! 朱李ちゃんは、わたしの大事な親友だもん」
「……透矢、俺とも遊んでね?」
「当たり前だろ。そっちこそ、俺に付き合えよ」
「当然」
青山くんが朱李ちゃんを真似して、野崎くんが仕方なさそうに応じる。面倒くさそうに見えて、結構やり取りを楽しんでいる感じだ。
そんな中、ふと青山くんがわたしと野崎くんを見比べて言う。
「そういや、お前らさ……」
「四人で何話してんだ?」
「倉橋くん」
ひょっこり現れたのは、昼休みが始まった直後に教室から消えていた倉橋くんだ。毎日、購買にパンを買いに行っているのを知っている。彼は学校からの弁当派だけど、それでは足りないらしい。購買のパンは人気で、早く行かないとなくなってしまうと聞いている。
「もうお昼食べたの?」
「食った。で、お前らが渡り廊下にいるのが見えたからさ。……む」
「?」
倉橋くんが眉をひそめて見ているのは、わたしの真後ろに立つ野崎くん。何故か、二人の間に火花が散ったような気がした。
(まさか、ね)
気のせいだとその思考を横に置いたわたしに、倉橋くんが「なあ、角田」としゃがんで目線を合わせてくる。
「次の土曜、一緒に出かけないか?」
「え?」
「は?」
「……何で、野崎がオレにガン飛ばすんだよ」
「……」
ただ驚いたわたしとは違って、野崎くんは明らかに不機嫌そうに倉橋くんを眺めている。これは、あんまり良くない。わたしは何とかしてこの重い空気を変えようと、考えを巡らせる。
だけどうまい考えが浮かばない。どうしようと焦り始めた時、不意にわたしの体が後ろに引っ張られた。
「――悪いけど、角田は俺の彼女だ。だから、お前と二人きりで遊びに行かせたくない」
「……は?」
倉橋くんの目が見開かれる。彼がわたしに視線を移したのはわかったけれど、わたしはわたしで野崎くんに後ろから抱きすくめられていて、ドキドキが止まらない。
「角田、そうなのか?」
「へ!? あ、いや……いやじゃない。違うそうじゃなくて……あれ……? きゃっ」
「倉橋に、絶対角田は渡さない。遊びに行くなら、俺か須藤も一緒に行く」
「あ、わたし信頼されてる」
嬉しそうに笑う朱李ちゃんの声が、耳に入って来ているはずなのに内容が頭に入って来ない。心臓が耳から出てしまうんじゃないかと錯覚するほど、音が五月蝿く鳴り響く。野崎くんの腕の力が強くなって、より彼と密着しているんだと自覚してしまうから。嬉しさと恥ずかしさが半分ずつで、わたしの心をかき乱す。
「の、ざきく……」
「俺は、角田が好きだ。だから、渡さない」
「……っ。だったら、奪ってみせるからな!」
ビシッとわたしに人差し指を突き付けた倉橋くんは、そのまま振り返って校舎の方へ戻ってしまった。
(嵐みたい……)
ぼんやりと見送っていたわたしの耳に、不意打ちのささやきが忍び込む。
「……水月」
「ひゃぁっ」
名前を呼ばれて、悲鳴みたいな声が出る。キャパオーバー寸前のわたしは、耳を手で塞いで、反射的に野崎くんを振り返った。
「な、ななな……名前呼んだ!?」
「呼んだ。……竜之介も言いかけてたけど、俺は角田のこと名前で呼びたい。だから、角田……俺のことも名前で呼んで欲しい」
「えっ……」
「……」
待たれてる。すごく、野崎くんに待たれてる。しかも後ろから抱き締められたままだから、逃げて時間稼ぎすることも出来ない。
わたしはなんとかこの状況から逃れたくて、バラバラになっている思考をかき集めた。
「~~~っ。離して、透矢くんっ」
「……っ」
「ふあっ」
野崎くんにぎゅっと抱き締められた後、わたしはようやく解放された。心臓のドキドキは簡単には落ち着かなくて、わたしは顔の熱を自覚したまま座り込んでいた。ドキドキし過ぎて、立ち上がることが出来ない。
「ねえ、青山くん。わたしたちいるの忘れられてない?」
「忘れられてんな。見せつけてくんのはしゃくだけど、悪い虫よけにはなるんじゃないか?」
「確かに」
朱李ちゃんと青山くんの声が、ようやく聞こえて理解出来るようになっていく。わたしは緊張冷めやらぬまま、立ち上がって三人を見回す。
「も、もう時間だから教室に戻ろ!?」
「そうだな」
「ふふ、そうね」
「……ああ」
野崎くんが青山くんの背中を押して、先に校舎へと戻って行く。わたしも朱李ちゃんと一緒に教室に戻ることにした。
「……ねえ、朱李ちゃん」
「ん~?」
「わたし、朱李ちゃんのこと大好きだよ」
「――っ! うん。わたしも、水月のことだーい好き」
朱李ちゃんと二人、手を繋いで教室に戻る。その途端、女子たちが野崎くんたちを質問攻めにしているのが見えた。わたしはクラスメイトたちにばれないよう願いながら、次の時間の用意をする。
「……水月、嬉しそうね?」
「うん、そうかも。……そうだ。朱李ちゃんに話したいことがあるの。帰り、一緒に帰ろ?」
「いいよ! 帰ろ」
朱李ちゃんには、まだわたしの特殊な力のことは話していない。きちんと、彼女には話さなくちゃ。……きっと、野崎くんみたいに受け入れてくれるから。
苦い思い出を乗り越えたら、違う景色が待ってた。
野崎くんとは、今週末に一緒に出かけようと約束している。付き合って初めてのデートだ。その時もしも困ってる人がいたら、一緒に手伝おうとも話している。引かれなくて、本当によかった。
わたしは教科書を整えながら、目の合った野崎くんに笑いかけた。わたしのこと、好きになってくれてありがとう。
「え。うっそ。おめでとう、水月ーーー!!」
「あ、ありがと……朱李ちゃん、くるし……」
「ごめんごめん!」
翌日の昼休み、わたしは朱李ちゃんに野崎くんとお付き合いすることになったと報告した。そうしたら、突然がばっと抱き締められて苦しかったんだけど。
笑いながらわたしを解放してくれた後、朱李ちゃんはちらっと教室の方を見てにやつく。
「それにしても、ようやくだったね。わたしなんて、ハラハラしてたんだよ」
「え……朱李ちゃん、野崎くんのその……気持ち、知ってたの?」
「うん」
はっきりと頷く朱李ちゃんに、わたしは脱力した。危うくお弁当箱を落としそうになって、慌てる。
「そ、そんなはっきりと……」
「だけど、これは二人の問題だから。勝手にわたしが伝えることも出来るけど、それっていらないよなぁって思ったの。だから、こうやって水月から聞けて、わたしは嬉しい」
「朱李ちゃぁぁん……っ」
「かわいいぞ、水月!」
目がうるんできた。そんなわたしの頭を下げを、朱李ちゃんが撫でる。
その朱李ちゃんの手を、「こら」と言って制する声がした。二人で見上げると、野崎くんと青山くんが立っている。野崎くんは複雑そうな顔をしていて、青山くんは笑っていた。
「二人でお昼? 良いね」
「そうだよ。良いでしょ、野崎くん?」
「あてつけみたいに……」
野崎くんの眉がぴくっと動く。それが面白くてうれしくて、思わずくすくす笑ってしまった。それを目ざとく野崎くんに見付けられて、「笑うなよ」と言われてしまう。
「ごめん。ちょっとうれしく……て……」
「そこで照れるな。こっちが恥ずくなる」
「お前ら二人に照れられたら、俺らがどうしようもなくなるだろ。耐えろ」
「あははっ。青山くん、なかなかひどいこと言うね」
ひどいと言いながら、朱李ちゃんは楽しそうだ。
朱李ちゃんが身を乗り出し、わたしの両手をつかむ。胸元まで上げて、お願いがあるんだけど、とじっと見つめてきた。
「水月、野崎くんの彼女でもわたしとも遊んでね?」
「当たり前だよ! 朱李ちゃんは、わたしの大事な親友だもん」
「……透矢、俺とも遊んでね?」
「当たり前だろ。そっちこそ、俺に付き合えよ」
「当然」
青山くんが朱李ちゃんを真似して、野崎くんが仕方なさそうに応じる。面倒くさそうに見えて、結構やり取りを楽しんでいる感じだ。
そんな中、ふと青山くんがわたしと野崎くんを見比べて言う。
「そういや、お前らさ……」
「四人で何話してんだ?」
「倉橋くん」
ひょっこり現れたのは、昼休みが始まった直後に教室から消えていた倉橋くんだ。毎日、購買にパンを買いに行っているのを知っている。彼は学校からの弁当派だけど、それでは足りないらしい。購買のパンは人気で、早く行かないとなくなってしまうと聞いている。
「もうお昼食べたの?」
「食った。で、お前らが渡り廊下にいるのが見えたからさ。……む」
「?」
倉橋くんが眉をひそめて見ているのは、わたしの真後ろに立つ野崎くん。何故か、二人の間に火花が散ったような気がした。
(まさか、ね)
気のせいだとその思考を横に置いたわたしに、倉橋くんが「なあ、角田」としゃがんで目線を合わせてくる。
「次の土曜、一緒に出かけないか?」
「え?」
「は?」
「……何で、野崎がオレにガン飛ばすんだよ」
「……」
ただ驚いたわたしとは違って、野崎くんは明らかに不機嫌そうに倉橋くんを眺めている。これは、あんまり良くない。わたしは何とかしてこの重い空気を変えようと、考えを巡らせる。
だけどうまい考えが浮かばない。どうしようと焦り始めた時、不意にわたしの体が後ろに引っ張られた。
「――悪いけど、角田は俺の彼女だ。だから、お前と二人きりで遊びに行かせたくない」
「……は?」
倉橋くんの目が見開かれる。彼がわたしに視線を移したのはわかったけれど、わたしはわたしで野崎くんに後ろから抱きすくめられていて、ドキドキが止まらない。
「角田、そうなのか?」
「へ!? あ、いや……いやじゃない。違うそうじゃなくて……あれ……? きゃっ」
「倉橋に、絶対角田は渡さない。遊びに行くなら、俺か須藤も一緒に行く」
「あ、わたし信頼されてる」
嬉しそうに笑う朱李ちゃんの声が、耳に入って来ているはずなのに内容が頭に入って来ない。心臓が耳から出てしまうんじゃないかと錯覚するほど、音が五月蝿く鳴り響く。野崎くんの腕の力が強くなって、より彼と密着しているんだと自覚してしまうから。嬉しさと恥ずかしさが半分ずつで、わたしの心をかき乱す。
「の、ざきく……」
「俺は、角田が好きだ。だから、渡さない」
「……っ。だったら、奪ってみせるからな!」
ビシッとわたしに人差し指を突き付けた倉橋くんは、そのまま振り返って校舎の方へ戻ってしまった。
(嵐みたい……)
ぼんやりと見送っていたわたしの耳に、不意打ちのささやきが忍び込む。
「……水月」
「ひゃぁっ」
名前を呼ばれて、悲鳴みたいな声が出る。キャパオーバー寸前のわたしは、耳を手で塞いで、反射的に野崎くんを振り返った。
「な、ななな……名前呼んだ!?」
「呼んだ。……竜之介も言いかけてたけど、俺は角田のこと名前で呼びたい。だから、角田……俺のことも名前で呼んで欲しい」
「えっ……」
「……」
待たれてる。すごく、野崎くんに待たれてる。しかも後ろから抱き締められたままだから、逃げて時間稼ぎすることも出来ない。
わたしはなんとかこの状況から逃れたくて、バラバラになっている思考をかき集めた。
「~~~っ。離して、透矢くんっ」
「……っ」
「ふあっ」
野崎くんにぎゅっと抱き締められた後、わたしはようやく解放された。心臓のドキドキは簡単には落ち着かなくて、わたしは顔の熱を自覚したまま座り込んでいた。ドキドキし過ぎて、立ち上がることが出来ない。
「ねえ、青山くん。わたしたちいるの忘れられてない?」
「忘れられてんな。見せつけてくんのはしゃくだけど、悪い虫よけにはなるんじゃないか?」
「確かに」
朱李ちゃんと青山くんの声が、ようやく聞こえて理解出来るようになっていく。わたしは緊張冷めやらぬまま、立ち上がって三人を見回す。
「も、もう時間だから教室に戻ろ!?」
「そうだな」
「ふふ、そうね」
「……ああ」
野崎くんが青山くんの背中を押して、先に校舎へと戻って行く。わたしも朱李ちゃんと一緒に教室に戻ることにした。
「……ねえ、朱李ちゃん」
「ん~?」
「わたし、朱李ちゃんのこと大好きだよ」
「――っ! うん。わたしも、水月のことだーい好き」
朱李ちゃんと二人、手を繋いで教室に戻る。その途端、女子たちが野崎くんたちを質問攻めにしているのが見えた。わたしはクラスメイトたちにばれないよう願いながら、次の時間の用意をする。
「……水月、嬉しそうね?」
「うん、そうかも。……そうだ。朱李ちゃんに話したいことがあるの。帰り、一緒に帰ろ?」
「いいよ! 帰ろ」
朱李ちゃんには、まだわたしの特殊な力のことは話していない。きちんと、彼女には話さなくちゃ。……きっと、野崎くんみたいに受け入れてくれるから。
苦い思い出を乗り越えたら、違う景色が待ってた。
野崎くんとは、今週末に一緒に出かけようと約束している。付き合って初めてのデートだ。その時もしも困ってる人がいたら、一緒に手伝おうとも話している。引かれなくて、本当によかった。
わたしは教科書を整えながら、目の合った野崎くんに笑いかけた。わたしのこと、好きになってくれてありがとう。
