崩れた足場は、野崎くんに襲いかかることなく建設中の建物の傍に落ちた。ドンガラガッシャンとすごい音がしたけれど、被害は最小限のはず。わたしは荒い呼吸を整えようと、着地した体勢のまま「はぁはぁ」と息をする。
 顔を上げる余裕はないけれど、すぐ傍に野崎くんがいることはわかっていた。

 (あーあ、これで嫌われちゃったかな……)

 もう、今までのように笑いかけてくれないかもしれない。そうだとしても、彼に怪我がなければそれで良い。
 わたしは泣かないように自己暗示をかけながら、声だけは明るくしようと気を付ける。

 「突然飛び出してごめんね、野崎くん。怪我はな……」
 「怪我してないか、角田!?」
 「わっ!?」

 びっくりした。野崎くんが目の前にいて、わたしの両肩をつかんでいる。必死な表情で、わたしを見つめていた。

 「だ、大丈夫。怪我してないよ。これでも丈夫で……」
 「よかった。角田はたった一人しかいないんだから、頼むから無茶するな……寿命縮む……」

 大きくはぁと息を吐く野崎くん。今更ながら、彼の手が震えていることに気付いた。

 (……本当に、心配してくれているんだ)

 青い顔をして、無事でよかったと言ってくれる野崎くん。わたしは肩に添えられた彼の手に自分の手を重ねて、頷いた。

 「心配してくれて、ありがとう。わたしは、野崎くんを助けられてよかった。……例え、怖いって嫌われたとしても」
 「な、何で泣くんだよ! どうして、俺が角田を嫌わないといけないんだよ。むしろ……っ」
 「泣いてな……あれ?」

 目元をぬぐうと、指がぬれた。自分が泣いているんだと自覚して、わたしは情けなく「ふぇぇ……」としゃくりあげる。
 地面にぺたりと座ったまま泣き出すわたしに、野崎くんは困り顔だ。困らせたくないのに、涙は止まってくれない。

 「角田……」
 「よがった……のざきくんが、ぶじで……よかっだよぉぉぉっ」
 「そーだよ。俺も角田も、無事だから。……助けてくれてありがとな、角田」

 だけど、ずっとここにいるわけにはいかない。誰かが警察を呼んだのか、遠くからパトカーの音が聞こえてくる。そして、人が近づいてくる気配もあった。

 「角田、一旦ここを離れるぞ」
 「ぐずっ……。うん」

 わたしは野崎くんに支えられながら、人が集まってくる前にその場を離れた。

 ☆

 「……落ち着いたか?」
 「うん、ありがとう」

 わたしたちが移動してきたのは、近くの公園。ベンチに腰かけると、野崎くんも隣に座った。
 風が強いからか、公園で遊んでいる人はあまりいない。それでも、さっきまでよりも風の勢いは弱まっていた。

 「それにしても、鮮やかだったな。角田の跳び蹴り」
 「うっ……」
 「一発で重い足場を押し返してた。……あれが、倉橋の言ってたやつなのか?」

 話したくなければ、話さなくて良い。野崎くんはそう言ったけど、わたしは首を横に振った。もう、彼に嘘をついていたくなかったから。緊張を押し殺して、口を開く。声が震えた。

 「……たぶん、ドン引きすると思う。それでも、野崎くんに聞いて欲しい。謝らなきゃいけないし」
 「謝る?」
 「うん。……あの、ね。野崎くんの捜してる人……おばあさんをお手伝いしたのは、わたしなの」
 「……」

 じっと聞く姿勢の野崎くんに、わたしは話した。さっきもおばあさんの時も、小一の時も、全てわたしの持っている怪力を使ったからだと。昔話になるけど、と一言断りを入れた。

 「昔々、わたしの祖先は相撲の神様を信仰していたんだって。その思いが強すぎて、神様から特別にその力の一部を頂いた。……力は隔世的に男性に遺伝していったんだけど、今回は何故か、女のわたしに備わった」

 幼い頃は力の使い方がわからず、たくさんのものを破壊した。中には壊すべきでない物もたくさんあっただろうけど、覚えていない。ただ、怖がられて友だちはいなかった。
 赤ん坊の頃はまだ力の発現はなかったらしいけれど、幼稚園を卒業する間近に突如現れた。母親も父親も、わたしに粘り強く力の使い方、隠し方を教えてくれた。

 「小学校では、自分は周りと違うんだってわかってた。だから極力大人しくしていたんだけど……」

 とっさに女の子に向かって飛び出していた。何かを考える間もなかった。その結果女の子は助かって、わたしは秘密を同級生に知られた。

 「それからまた大人しくしてたけど、中学生になってから人助けを始めたの。誰かに感謝されたいとかじゃなくて、使っていないといつか力が暴走してしまうんじゃないかって怖かったから」
 「……その中の一つに、俺のばあちゃんがいたわけか」
 「うん。……黙って、見つかるはずもないのに人捜しに協力するふりをしていて、ごめんなさい。……野崎くんと一緒にいられることが、嬉しくて、言い出せなかった……」
 「……俺も、角田に謝らないといけないことがあるんだ」
 「えっ?」

 再び涙があふれてきたわたしの目元を指でぬぐい、野崎くんが思いがけないことを言う。驚き顔を上げれば、彼は困ったように笑った。

 「もしかしてそうなんじゃないかって、思ってた」
 「え……」

 野崎くんの言葉に、わたしは固まった。