神様、この恋は力づくでは叶いません!

 教室に戻ると、まだ先生は来ていなかった。ほっとしたのも束の間、朱李ちゃんが「水月!」と叫んで抱きついてきた。

 「朱李ちゃん!」
 「もぅ、心配したよー。けど、その様子なら大丈夫そう?」
 「うん。お騒がせしました」

 朱李ちゃんが、ちらりとわたしより先に教室に帰っていた倉橋くんを見て笑う。わたしも苦笑いして、そういえばと朱李ちゃんに尋ねてみた。

 「倉橋くん、朱李ちゃんに何か言われたって言ってたけど……あの後、こぶしで語ったりはしてないよね?」
 「してないしてない。ちょっとお説教しただけだよ」
 「なら……良いんだけど」

 ニコニコしている朱李ちゃんにそれ以上聞くのも違う気がして、先生も来たから、この話はおしまいになった。

 ☆☆☆

 「それでは、引いたくじの席に座ってください。今日は実験を行います」

 五時間目の理科の時間。先生の思いつきで、いつもとは違う人とペアを組んで授業を受けることになった。普段は出席番号順に座るんだけど、今回はくじ引き。

 「えっと、ここか」

 黒板の座席表を眺めつつ、自分の席に座る。今日は理科室の窓際一番後ろの席だ。隣になるのは誰だろう、そう思っていたその時。

 「隣、角田か」
 「おお、青山くんだ。よろしくね」
 「よろしく」

 青山くんが座って、教科書類を机に置く。その頃にはみんな各々の席に座っていて、先生が授業を始めた。

 「……これで、良いのかな」
 「いいと思う。で、これをこうする、のか」

 今回は、プレパラートを作って顕微鏡で観察をする。葉の葉脈を見るために、薄く葉を切るところからだ。
 薄いから破けないように、慎重に作業を進める。うまくいったら、観察開始だ。

 「わぁ、見える! これ面白いよ、青山くん」
 「次俺な。……そういや、今朝のことだけどさ」
 「へ?」

 顕微鏡をのぞき込みながら、青山くんが何気なく言う。わたしは一瞬、何を言われているのかわからなかった。まばたきをすると、顕微鏡から顔を上げた青山くんと目が合う。

 「今朝、倉橋に連れて行かれただろ?」
 「あ……うん、そうだね」

 ちらりと前の方の席を見る。倉橋くんが、顕微鏡をのぞいて隣の子と何か話しているのが見えた。

 「その後すぐ、透矢がそわそわしててさ。落ち着かないから『行って来い』って背中はたいといた。間に合った?」
 「ま、間に合った……よ?」

 お互い小さな声で話してはいるけど、内容が内容なだけにちょっと緊張する。背中に変な汗流れた気がするな。
 わたしの返事に、青山くんは「そっか」と微笑してみせた。爽やかイケメンの微笑、破壊力がすごい。

 「なら良いや。透矢も戻ってきてからほっとしてたし。……そういや、倉橋との関係改善するんだって?」
 「野崎くんから筒抜けなんだね……。うん、そろそろ前を向かなきゃと思ったから。クラスメイトとして、友だちとしてね」
 「……透矢も大変だな」
 「何か言った?」

 観察結果をノートに書きながら、青山くんが何か呟く。隣にいたのに、わたしにはその内容がちゃんと聞こえなかった。
 問い返すけど、青山くんは「何でもないよ」と笑うだけ。

 「透矢と須藤がいるから大丈夫だろうけど。俺も、何かあったら助けてあげるよ」
 「ありがとう。……あ、結果書かなくちゃ」

 青山くんとのおしゃべりに夢中になってたらいけない。わたしは顕微鏡を時々のぞきながら、課題に取り組んだ。

 ☆

 六時間目が終わって、放課後のこと。わたしは机に突っ伏していた。

 「抜き打ち小テストとか聞いてない……」
 「抜き打ちだもんね。わたしもなかなかヤバいかも」

 朱李ちゃんと二人、苦笑するしかない。二人して苦手な英語の単語抜き打ちテストだったから、やるなら先に言っておいてほしかった。それじゃあ、抜き打ちの意味がないか。

 「なんだよ、二人共英語苦手なのか?」
 「……あ、倉橋くん」

 少し間を開けてしまったのは、まさか倉橋くんの方から話しかけてくると思わなかったから。倉橋くんも探り探りで自信がないのか、所在なさげに見えた。
 机から顔を上げて、わたしは「そうなの」と応じる。

 「ずっと苦手。朱李ちゃんはわたしほどじゃないよね?」
 「平均ギリギリをさまよってる感じかな。いっつも試験範囲は頭に入れるけど、それが長く記憶に留まらない……」
 「それ、いわゆる一夜漬けとかじゃね……?」
 「それでよく塾のテストとか点取れるな、感心する」
 「……ほめてないでしょ」

 いつの間に、朱李ちゃんと倉橋くんは仲良くなったんだろう。軽口をたたき合う二人にびっくりしたわたしは、視線を感じて倉橋くんの後ろを眺める。すると、前の方の席で青山くんと話をしていた野崎くんと目が合った。

 (わっ……)

 目を細めて笑う野崎くんを見て、わたしの心臓がどきっと大きく音を鳴らす。思わず目を逸らしそうになったけど、頑張って笑い返してみた。ひきつってないかとか、変じゃないかとか気になったけど、わたしは野崎くんにもっと近付きたいから。
 すると、野崎くんの顔が赤くなった気がした。気のせいか、わたしの願望かもしれないけど。野崎くんと向かい合っていた青山くんも、わたしに気付いて軽く手を振ってくれる。それに振り返していると、朱李ちゃんがにゅっと視界に入って来た。

 「わあっ!」
 「なになに? 楽しそうね?」
 「な、なんでもないっ」

 ニヤニヤしている朱李ちゃんは、きっとわたしが何をしていたか気付いたんだろう。倉橋くんは不思議そうな顔をしていたけど、廊下から誰かに呼ばれて「じゃあまた明日」といなくなった。
 倉橋くんとの関係改善を試みる一日目が終わり、息をつく。ちょっと気持ちに力が入っていたかもしれない。そんなわたしをはげますためなのか、朱李ちゃんが笑いながらわたしの頭を撫でる。

 「……野崎くんと喋って来なくて良いの?」
 「い、いいよ。大丈夫。そ、そろそろ行こ!」
 「了解」

 今日は朱李ちゃんの塾がないから、一緒に帰れる日だ。

 「なんか、昨日までは考えもしなかった風に変わってる」
 「倉橋くんとのこと?」
 「それも。理科の時に青山くんとペアになったんだけど、普通に話してて、楽しかったんだ」

 野崎くん、青山くん、倉橋くん。彼らともっと仲良くなれたら良いなと思う。そう思ってそのまま言うと、朱李ちゃんはふふっと笑ってわたしに耳打ちした。

 「……野崎くんの彼女にならないとね?」
 「そ、それはっ……なれたらって思うけど、選ぶ権利は野崎くんにあるから」

 わたしは、彼に嘘をついている。いつか話さなければと思ったまま、話せないでいた。

 (きっとこの秘密を話すまで、わたしは彼に告白出来ない……)

 さっき、スマホがメッセージを受信した。画面の通知だけ確認したけれど、差出人は野崎くんだ。もしかしたら、おばあさんを助けた人を捜す手伝いを頼まれているかもしれない。

 (言わなきゃ。でも……怖い)

 朱李ちゃんの話に相づちを打ちながら、わたしは頭の片隅で野崎くんにどう言うべきかを考えていた。