昨日色々あったからか、よく眠れなかったみたい。欠伸をかみ殺しながら教室に入ると、誰かがわたしの方へ向かって駆け寄って来た。
(倉橋くん!?)
昨日の今日だ。わたしはドクドクと嫌な音をたてる胸に手をあてて、その場に立ちすくむ。昨日ので少し慣れたとはいえ、不意打ちは良くない。
わたしは深呼吸して、倉橋くんに「おはよう」と言いかけた。おは、まで口から出た時のこと。
「ちょっと来い」
「えっ!?」
手首を掴まれ、そのまま廊下に出る。な、なんか教室からの視線が痛い。悲鳴みたいな「キャーッ」ていう声まで聞こえてくるけど、そういうのじゃないよ!?
「ちょ、ちょっと! 倉橋くん?」
「良いから。チャイム鳴る前には戻る」
「いやそうじゃなくて!」
正直、軽く手を振りほどけば逃げられる。でも学校というたくさんの人目がある中でそんなことをしたら、また昔のような目に合うかもしれない。そう思うと、体が思うように動かなかった。
「――離せよ、倉橋」
「あっ」
「……野崎」
軽く呼吸を荒げた野崎くんが、倉橋くんの肩を掴む。もしかして、走って来てくれたんだろうか。
「お前が離せ」
「倉橋が角田を解放したらな」
「……わかったよ」
ほら、と倉橋くんがわたしの手首から手を離す。ほっと息をついたのも束の間、野崎くんがわたしの顔をのぞき込んだ。顔が近い!
「痛いところとかないか、角田?」
「だっ大丈夫!」
野崎くんの顔が近すぎて、顔が熱い。ちらりとわたしの手首を見た野崎くんは、ふっと軽く息を吐く。
「なら、良いけど。……倉橋、いきなりこんなことしたら怖がらせるだけだろ。もう少しやり方が……」
「――ごめん!」
がばり、と倉橋くんがわたしに向かって頭を下げた。びっくりして、何も言葉が出て来ない。
「……………………え?」
「一ヶ月言うこと聞いてもらうってやつ、やっぱやめる。昨日、須藤に言われて気付いた。ごめん、嫌なことさせた」
「……」
なんとかしぼり出した一文字の言葉に、倉橋くんがたくさんの言葉を重ねて来る。目を丸くするわたしを心配したのか、野崎くんが助け舟を出してくれた。
「角田、倉橋が謝ってるぞ」
「え、あ……うん。わかってる。でも今ちょっと、色々受け止めるのに時間がかかってて」
「落ち着いて、ゆっくり呼吸するんだ。……そう、それでいい」
わたしは野崎くんに助けられながら、ゆっくりと気持ちを落ち着けていく。
「……ごめん、ありがと」
「構わない。で、どうする?」
野崎くんに促されて、わたしは倉橋くんと向かい合った。
小一の時のこと、今回のこと、どちらもわたしにとっては大きな傷だ。それでも目の前で倉橋くんが謝ってくれたことは、前に進む良いきっかけになると思った。
「……倉橋くん。一ヶ月のやつ、もう終わりで良い?」
「うん」
「……なんでわたしが、倉橋くんにあの時のことを言いふらしてほしくないかわかる?」
えっという顔をする倉橋くん。ちらりと野崎くんを見たのは、彼があの件を知らないと思っているからだろう。
「大丈夫だよ。野崎くんは、あの件を知ってる。朱李ちゃんも。わたしが話したから」
「そ、そうなのか」
「だから、倉橋くんに教えてほしい。どうして、わたしに謝ろうと思ったのか」
「それは……」
ごくん、と倉橋くんがつばを飲み込む音が聞こえた。わたしは「別に責めてるわけじゃないよ」と苦笑いする。
「何かしら思うところがあったのかなって思ったから。……でも、今じゃなくてもいいや」
いつか、落ち着いたら教えてよ。わたしはそう言って、倉橋くんに向かって右手を差し出した。小さい頃のおびえてた自分に、そろそろさよならしなくちゃ。きっと、前に進むきっかけになる。
「時間もないし、これでいったんおしまいにしよう。一から、友だちになってくれると嬉しいな?」
「……良いのか、オレと友だちになんて」
嫌がること色々したのに。そう言ってしり込みする倉橋くんに、わたしは「そうだね」と頷く。
「でも、倉橋くんは謝ってくれた。表面上じゃなくて、心からってわかったから。……ほら、チャイムなっちゃうよ?」
「――わかった。これからよろしく、角田」
「よろしくね」
わたしは倉橋くんと握手して、見守ってくれていた野崎くんを振り返る。何故か少しだけ険しい顔をしていた気がするけど、目を合わせるとふっと笑った。わたしの見間違いだったのかな。
「よかったな、角田」
「野崎くんのおかげだよ。……あ、チャイムだ。戻ろう!」
キーンコーンカーンコーンと鳴り始め、わたしは慌てて二人を促し教室に戻る。結構遠くまで来てしまったなと思いながら小走りで進んでいたから、野崎くんと倉橋くんが互いににらみ合っていたことには全く気付かなかった。
(倉橋くん!?)
昨日の今日だ。わたしはドクドクと嫌な音をたてる胸に手をあてて、その場に立ちすくむ。昨日ので少し慣れたとはいえ、不意打ちは良くない。
わたしは深呼吸して、倉橋くんに「おはよう」と言いかけた。おは、まで口から出た時のこと。
「ちょっと来い」
「えっ!?」
手首を掴まれ、そのまま廊下に出る。な、なんか教室からの視線が痛い。悲鳴みたいな「キャーッ」ていう声まで聞こえてくるけど、そういうのじゃないよ!?
「ちょ、ちょっと! 倉橋くん?」
「良いから。チャイム鳴る前には戻る」
「いやそうじゃなくて!」
正直、軽く手を振りほどけば逃げられる。でも学校というたくさんの人目がある中でそんなことをしたら、また昔のような目に合うかもしれない。そう思うと、体が思うように動かなかった。
「――離せよ、倉橋」
「あっ」
「……野崎」
軽く呼吸を荒げた野崎くんが、倉橋くんの肩を掴む。もしかして、走って来てくれたんだろうか。
「お前が離せ」
「倉橋が角田を解放したらな」
「……わかったよ」
ほら、と倉橋くんがわたしの手首から手を離す。ほっと息をついたのも束の間、野崎くんがわたしの顔をのぞき込んだ。顔が近い!
「痛いところとかないか、角田?」
「だっ大丈夫!」
野崎くんの顔が近すぎて、顔が熱い。ちらりとわたしの手首を見た野崎くんは、ふっと軽く息を吐く。
「なら、良いけど。……倉橋、いきなりこんなことしたら怖がらせるだけだろ。もう少しやり方が……」
「――ごめん!」
がばり、と倉橋くんがわたしに向かって頭を下げた。びっくりして、何も言葉が出て来ない。
「……………………え?」
「一ヶ月言うこと聞いてもらうってやつ、やっぱやめる。昨日、須藤に言われて気付いた。ごめん、嫌なことさせた」
「……」
なんとかしぼり出した一文字の言葉に、倉橋くんがたくさんの言葉を重ねて来る。目を丸くするわたしを心配したのか、野崎くんが助け舟を出してくれた。
「角田、倉橋が謝ってるぞ」
「え、あ……うん。わかってる。でも今ちょっと、色々受け止めるのに時間がかかってて」
「落ち着いて、ゆっくり呼吸するんだ。……そう、それでいい」
わたしは野崎くんに助けられながら、ゆっくりと気持ちを落ち着けていく。
「……ごめん、ありがと」
「構わない。で、どうする?」
野崎くんに促されて、わたしは倉橋くんと向かい合った。
小一の時のこと、今回のこと、どちらもわたしにとっては大きな傷だ。それでも目の前で倉橋くんが謝ってくれたことは、前に進む良いきっかけになると思った。
「……倉橋くん。一ヶ月のやつ、もう終わりで良い?」
「うん」
「……なんでわたしが、倉橋くんにあの時のことを言いふらしてほしくないかわかる?」
えっという顔をする倉橋くん。ちらりと野崎くんを見たのは、彼があの件を知らないと思っているからだろう。
「大丈夫だよ。野崎くんは、あの件を知ってる。朱李ちゃんも。わたしが話したから」
「そ、そうなのか」
「だから、倉橋くんに教えてほしい。どうして、わたしに謝ろうと思ったのか」
「それは……」
ごくん、と倉橋くんがつばを飲み込む音が聞こえた。わたしは「別に責めてるわけじゃないよ」と苦笑いする。
「何かしら思うところがあったのかなって思ったから。……でも、今じゃなくてもいいや」
いつか、落ち着いたら教えてよ。わたしはそう言って、倉橋くんに向かって右手を差し出した。小さい頃のおびえてた自分に、そろそろさよならしなくちゃ。きっと、前に進むきっかけになる。
「時間もないし、これでいったんおしまいにしよう。一から、友だちになってくれると嬉しいな?」
「……良いのか、オレと友だちになんて」
嫌がること色々したのに。そう言ってしり込みする倉橋くんに、わたしは「そうだね」と頷く。
「でも、倉橋くんは謝ってくれた。表面上じゃなくて、心からってわかったから。……ほら、チャイムなっちゃうよ?」
「――わかった。これからよろしく、角田」
「よろしくね」
わたしは倉橋くんと握手して、見守ってくれていた野崎くんを振り返る。何故か少しだけ険しい顔をしていた気がするけど、目を合わせるとふっと笑った。わたしの見間違いだったのかな。
「よかったな、角田」
「野崎くんのおかげだよ。……あ、チャイムだ。戻ろう!」
キーンコーンカーンコーンと鳴り始め、わたしは慌てて二人を促し教室に戻る。結構遠くまで来てしまったなと思いながら小走りで進んでいたから、野崎くんと倉橋くんが互いににらみ合っていたことには全く気付かなかった。
