神様、この恋は力づくでは叶いません!

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 スマホを置き、わたし(須藤朱李)は天井を仰いだ。

 (水月にはあんなこと言ったけど、倉橋くんって絶対……)

 大切な親友の水月をこれ以上傷付けるのなら、なんて冗談ぽく言ったけど、半分以上わたしは本気だ。相手にどんな感情があろうと、知ったことじゃない。

 (水月と野崎くんをくっつける。で、わたしはそれを見ながらニヤニヤしたいんだから)

 自分の欲に忠実ではあるけれど、これは親友の幸せにも通じるはず。そう信じて、わたしは居残りせずに帰宅するため目の前の課題に取り組んだ。

 「……倉橋くん」
 「うわっ。なんだ、須藤か。びっくりした」

 塾の外でお母さんに塾が終わったことを連絡していたわたしは、建物から出て来た倉橋くんに声をかけた。彼は驚いていたけど、わたしはそれに構わず話を進めた。

 「今日、水月に聞いたんだけど。あんた、水月をパシろうとしてるんだって?」
 「なんだよ、あいつ。おびえて誰にも言わないかと思ったのに、しっかり告げ口してんじゃん」

 肩をすくめ、倉橋くんはつまらなそうに言う。その態度が、わたしは気に入らない。

 「倉橋くん、水月のこと好きなのかもしれないけど、それ逆効果だから」
 「…………はぁぁっ!?」
 「声でか……」

 思わず両手で耳を塞いだわたしだけど、倉橋くんは何も言って来ない。どうしたのかと思って彼の方を見ると、顔を真っ赤にして座り込んでいた。

 「……もしかして、無自覚?」
 「はぁっ!? んなわけねえし! 無自覚とかじゃねぇ!」
 「だとしたら、未だに好きな子に意地悪しちゃう男子なわけ? ――ダサい」

 冷え冷えとした声で言ってやると、噛み付くように叫ばれた。

 「し、仕方ねぇだろ! 小一で転校して、まさか中二で再会するなんて思わねぇじゃん! それにあ、あんなにかわいく……っ。あーくそっ」
 「……こじらせてるわね、あんた」

 しゃがんで目を合わせてみると、倉橋くんは夜の街灯の光でもわかるくらい赤面していた。少し呆れるくらいには、こっちの感情が落ち着いてきた。

 「だとしても、水月を傷付けたことに変わりはない。一ヶ月も自分の言うこときかせようだなんて、自分勝手だと思わないの?」
 「……最初は、期限をオレの気が済むまでにしてた」
 「余計に呆れる」

 ため息をつくしかなくて、わたしは何を言ってやろうかと考えた。こぶしで語ることは簡単だけど、それは道場の先生にも水月にも止められているから。

 「とにかく、早くそんなバカなことはやめて欲しいわ。水月にアプローチしたいのなら、嫌われることよりも好かれることをするべき」
 「……オレ、嫌われてるのか!?」
 「自覚ないのね。……あの子は優しいから、あんたのわがままに付き合ってくれてるだけだと思うけど。どうしたら好かれるのか、まずは考えてみたら?」

 自覚ないのなら、まずは自覚するところからだろう。わたしは考え込んでしまった倉橋くんをその場に置いて、さっさと家に帰ることにした。明日も学校があるからね。

 ☆

 翌朝、わたしはいつもより少しだけ早く学校に行った。まだ部活の朝練なんかもしていたけれど、少なくとも水月よりも先に登校したかったから。
 いつも予習のために早く来てはいるんだけどね。
 教室の戸を開けて、いつも通り誰もいないと思った矢先のこと。前の方の席に突っ伏す人がいるのを見付けた。


 「……ん?」
 「ん……あ、おはよう、須藤」
 「おはよう。何でこんな時間に、野崎くんが?」

 正直驚いた。野崎くんはわたしの覚えている限り、チャイムが鳴る二十分くらい前に来ているイメージだったから。
 尋ねてみると、野崎くんはわずかに眉間にしわを寄せた。

 「……倉橋に、早めに一言言っておこうと思って。連絡先知らねぇから、朝早く来た」
 「なんだ、わたしと考えてること一緒なのね」
 「一緒って……須藤も?」

 目を見開く野崎くんに、わたしは「うん」と頷く。

 「塾が同じだから、昨日の夜ちょっと釘は刺したんだけど。なんか勘違いしてたし」
 「勘違い?」
 「そう。でも、今日からはどうかな?」
 「……?」 

 首をかしげる野崎くんに、わたしは昨晩のことを簡単に教えてあげた。野崎くんにもかかわることではあるからね。

 「……だから、ライバルかも」
 「ライバルって……。ああ、そういうことか」

 バレてたんだな。野崎くんがわたしに向かって、諦めたように笑った。

 「バレてるっていうか……まあ、そうね」

 わたしは水月が野崎くんのことを好きだと自覚してから、時々野崎くんを観察していた。もしも水月を傷つけるかもしれない人なら、何が何でも遠ざけたいから。でも見ていると気付くのは、野崎くんも水月を気にしていること。

 「水月にわたしから教えることはないから、安心して」
 「助かる。これは、俺自身で決着をつけたいから」

 照れ笑いを浮かべた野崎くんは、廊下からの足音に気付いて口を閉じる。わたしも誰かに下手に聞かれたくないから、廊下の方をじっと見つめた。だけど、誰もわたしたちのいる教室には入らない。

 「……隣の教室みたいだな」
 「そうね。……ねえ、野崎くん」
 「なんだ?」

 こちらを向いた野崎くんに、わたしは一つお願いをする。

 「……水月のこと、よろしくね」
 「ああ。けど、須藤は角田の親友なんだろ。今まで通り、一緒にいた方が嬉しいんじゃないかな。角田も、須藤も」
 「……」

 思いも寄らないことを言われて、わたしは一瞬思考が停止した。だけど、野崎くんが真剣にそう思っていることが彼の表情からわかったから、喜んで受け取っておくことにする。

 「ふふ、そうね。じゃあ、わたしの目が届かない時は頼むわ」
 「心得た」

 ニッと笑った野崎くんが、一つ欠伸をして席に戻る。彼が再び机に突っ伏したのを見て、わたしはいつも通り授業の予習をすることにした。

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