「……」
「……」
放課後、人通りのほぼない校舎の中を歩く。わたしが「ここは理科室」「ここは図書室で……」そう説明する声しかないんじゃないかな。そう思うくらいには、倉橋くんは静かだった。
(てっきり、もっと色々言われるのかと思ってた。小学生の頃とは言え、その頃から変わらずわたしのこと嫌いそうだし)
ちらりと倉橋くんを見上げると、彼と目が合った。するとすぐに目を逸らされて、何とも言えない気持ちになる。わたしのこと、からかいたいんじゃなかったの?
わたしは釈然としないまま、階段を下りる。校舎は三階まであって、わたしは帰りのことを考えて最上階から案内を始めていた。
「次、二年の教室がある階だけど、そこは割愛するね。進路指導室とかあるから……」
「……何で、普通に案内してんだよ。文句の一つでも言われると思ってたのに」
踊り場で立ち止まると、三階に立つ倉橋くんがそんなことを言った。
「何でって、約束したから。校舎を案内するって」
「オレは、お前が……っ。いや、いい。次行こうぜ」
トントントンと階段を下りて行く倉橋くんの後を追って、わたしも二階へ下りる。そして、早速目の前にあった進路指導室の説明から始めた。
☆
「――よし、これで最後だね」
早く帰って、野崎くんに連絡したい。そう逸る気持ちを抑え、わたしは校舎の一階にある職員室を紹介していった。とはいえ、転校初日に挨拶や手続きのために来ているだろうけれど。
職員室の中からは、先生たちの声やペンの走る音が聞こえて来る。更にコーヒーの香りも漂ってきて、放課後も先生たちは忙しく仕事をしているのだろう。その邪魔をしないように、わたしはこの場を早めに去ろうと思った。
「そろそろ、帰ろう。案内はもうこれで良いんじゃないかな?」
「あ、ああ。そうだな。……明日からも、こき使うからな! 覚悟しとけよ!」
「急に元気だね!?」
突然の大声にびっくりしたけど、倉橋くんはそのままくるっと向こうを向いて行ってしまう。どうやら、帰りまでは一緒にいなくてもいいみたい。よかった。
わたしは倉橋くんの足音が聞こえなくなってから、学校から出るために歩き出す。今になってようやく、気持ちが落ち着いてきたことに気付いた。
「早く、帰ろう。それで、謝らなきゃ」
今ここでアプリを開くことも出来るけど、落ち着ける場所できちんと考えて書きたい。野崎くんに誤解されてたら嫌だ。
(それに、朱李ちゃんにも。心配かけちゃってるから)
たった一か月のことだと約束はしたけれど、朱李ちゃんと過ごせる時間が減ってしまうかもしれないから。自分の秘密を喋らせないための苦肉の策だから、わたしのわがままでもある。
わたしは落ち込みそうになる気持ちをふるい立たせ、靴を履いて学校を出た。
☆☆☆
「……はぁ」
何度目かになるため息をついて、俺(野崎透矢)はベッドに寝転がったまま天井を見上げていた。
(角田、なんで倉橋となんか一緒にいたんだ……? 最悪な思い出を作った相手だって聞いてたし、あんなに顔色が悪かったのに……。それに倉橋って絶対……)
倉橋の考えは明白だ。あいつの表情を見ているだけで、嫌になるほど伝わってくる。だけど、わからないのは角田の方だ。正直、倉橋には興味がないから。
「……角田を悲しませるものから、全部守りたい。だけど」
そんなことを思っているなんて知られたら、ドン引きされるかもしれない。きっと何とも思われていないただのクラスメイトなのだから、大それたことは知られてはいけないだろう。
妙に冷静なところはあるけれど、角田はどこか抜けているし天然も入っている。そこが可愛いとも思うけど……まだ伝えてはいけないと思う。角田の抱えるものが少しでも減って、俺のことを考える隙間を作って欲しい。
(……だめだ。角田のこと考えてばっかりな気がする。あの野郎のせいだ)
悪態をつくけれど、それで不安が解消されるわけじゃない。さっきから何となくスマホが目に入るのは、角田にいつメッセージを送ろうかと頭の片隅で考えているから。
「……本でも読むか」
何かをして気を紛らわさないと、堂々巡りになってしまう。既にそうなっていることには目をつぶり、俺はベッドから起き上がる。その時だった。
「――角田?」
メッセージを受信した音が鳴り、慌ててスマホを掴む。画面を見ると、確かに『角田水月』の名前が表示されていた。
(大丈夫だったかな、角田……)
急いで画面をタップし、俺はメッセージ画面を表示させた。
「……」
放課後、人通りのほぼない校舎の中を歩く。わたしが「ここは理科室」「ここは図書室で……」そう説明する声しかないんじゃないかな。そう思うくらいには、倉橋くんは静かだった。
(てっきり、もっと色々言われるのかと思ってた。小学生の頃とは言え、その頃から変わらずわたしのこと嫌いそうだし)
ちらりと倉橋くんを見上げると、彼と目が合った。するとすぐに目を逸らされて、何とも言えない気持ちになる。わたしのこと、からかいたいんじゃなかったの?
わたしは釈然としないまま、階段を下りる。校舎は三階まであって、わたしは帰りのことを考えて最上階から案内を始めていた。
「次、二年の教室がある階だけど、そこは割愛するね。進路指導室とかあるから……」
「……何で、普通に案内してんだよ。文句の一つでも言われると思ってたのに」
踊り場で立ち止まると、三階に立つ倉橋くんがそんなことを言った。
「何でって、約束したから。校舎を案内するって」
「オレは、お前が……っ。いや、いい。次行こうぜ」
トントントンと階段を下りて行く倉橋くんの後を追って、わたしも二階へ下りる。そして、早速目の前にあった進路指導室の説明から始めた。
☆
「――よし、これで最後だね」
早く帰って、野崎くんに連絡したい。そう逸る気持ちを抑え、わたしは校舎の一階にある職員室を紹介していった。とはいえ、転校初日に挨拶や手続きのために来ているだろうけれど。
職員室の中からは、先生たちの声やペンの走る音が聞こえて来る。更にコーヒーの香りも漂ってきて、放課後も先生たちは忙しく仕事をしているのだろう。その邪魔をしないように、わたしはこの場を早めに去ろうと思った。
「そろそろ、帰ろう。案内はもうこれで良いんじゃないかな?」
「あ、ああ。そうだな。……明日からも、こき使うからな! 覚悟しとけよ!」
「急に元気だね!?」
突然の大声にびっくりしたけど、倉橋くんはそのままくるっと向こうを向いて行ってしまう。どうやら、帰りまでは一緒にいなくてもいいみたい。よかった。
わたしは倉橋くんの足音が聞こえなくなってから、学校から出るために歩き出す。今になってようやく、気持ちが落ち着いてきたことに気付いた。
「早く、帰ろう。それで、謝らなきゃ」
今ここでアプリを開くことも出来るけど、落ち着ける場所できちんと考えて書きたい。野崎くんに誤解されてたら嫌だ。
(それに、朱李ちゃんにも。心配かけちゃってるから)
たった一か月のことだと約束はしたけれど、朱李ちゃんと過ごせる時間が減ってしまうかもしれないから。自分の秘密を喋らせないための苦肉の策だから、わたしのわがままでもある。
わたしは落ち込みそうになる気持ちをふるい立たせ、靴を履いて学校を出た。
☆☆☆
「……はぁ」
何度目かになるため息をついて、俺(野崎透矢)はベッドに寝転がったまま天井を見上げていた。
(角田、なんで倉橋となんか一緒にいたんだ……? 最悪な思い出を作った相手だって聞いてたし、あんなに顔色が悪かったのに……。それに倉橋って絶対……)
倉橋の考えは明白だ。あいつの表情を見ているだけで、嫌になるほど伝わってくる。だけど、わからないのは角田の方だ。正直、倉橋には興味がないから。
「……角田を悲しませるものから、全部守りたい。だけど」
そんなことを思っているなんて知られたら、ドン引きされるかもしれない。きっと何とも思われていないただのクラスメイトなのだから、大それたことは知られてはいけないだろう。
妙に冷静なところはあるけれど、角田はどこか抜けているし天然も入っている。そこが可愛いとも思うけど……まだ伝えてはいけないと思う。角田の抱えるものが少しでも減って、俺のことを考える隙間を作って欲しい。
(……だめだ。角田のこと考えてばっかりな気がする。あの野郎のせいだ)
悪態をつくけれど、それで不安が解消されるわけじゃない。さっきから何となくスマホが目に入るのは、角田にいつメッセージを送ろうかと頭の片隅で考えているから。
「……本でも読むか」
何かをして気を紛らわさないと、堂々巡りになってしまう。既にそうなっていることには目をつぶり、俺はベッドから起き上がる。その時だった。
「――角田?」
メッセージを受信した音が鳴り、慌ててスマホを掴む。画面を見ると、確かに『角田水月』の名前が表示されていた。
(大丈夫だったかな、角田……)
急いで画面をタップし、俺はメッセージ画面を表示させた。
