神様、この恋は力づくでは叶いません!

 「おはよう、水月。体調はどう?」
 「おはよう、朱李ちゃん。うん、もう大丈夫だよ」

 朝学校に行くと、朱李ちゃんが早速駆け寄ってくれた。気づかってくれる友だちにお礼を言って、教室を見回す。まだ倉橋くんは来ていないみたい。野崎くんは、教室の前の方で青山くんたちと話しているのが見えた。

 「野崎くんと話してくる?」
 「えっいいよ! それに今は……」
 「今は?」

 首をかしげる朱李ちゃんに、昨日のことを言おうか迷う。わたしが「あのね」と言いかけた時、タイミングを見計らったかのようにクラスメイトの声が聞こえた。

 「お、倉橋おはよー」
 「おはよ。あ、なあなあ昨日の動画でさ……」

 動悸(どうき)がする。昨日は大丈夫だと思ったのに。
 わたしは意識して深呼吸し、心配そうにこちらを見ている朱李ちゃんに笑いかけた。

 「ごめんね、大丈夫だよ」
 「本調子じゃないなら、無理しないで。あの人からも聞いてると思うけど、いつでも頼ってね」
 「ありがと。……あのね、昼休みにちょっと話したいことがあるんだ」

 やっぱり、朱李ちゃんには話しておこう。わたしの怪力は伏せて、昨日野崎くんに話したみたいに。
 わたしがお願いすると、朱李ちゃんは「もちろんだよ」と笑ってくれた。

 「教室で話しにくいことなら、中庭とかでお昼食べながら話そう。うん、そうしよ!」
 「ありがとう、朱李ちゃん」

 ほっと胸をなでおろす。それから二人で、昨日見たテレビの話や今度食べに行きたいスイーツの話をする。そういえば英語の単語テストもあるね、なんていうちょっと嫌な話もした。
 そうして朝は何事もなく、穏やかに過ぎた。

 ☆

 昼休みになって、わたしは朱李ちゃんと一緒に教室を出た。中庭のベンチに座って、お弁当を広げる。
 わたしたちの中学校は、お弁当持参と給食代わりのお弁当が選べる。わたしと朱李ちゃんは、お弁当持参だ。

 「天気良くて、気持ちいいね。でももうすぐ暑くなるよねぇ……」
 「夏になったら、外で食べるのは無理かも。今だけのお楽しみだね」

 そんな話をしながらお弁当を食べて、ひとごこちつく。それからわたしは、朱李ちゃんの方を向いた。

 「話、聞いてくれる?」
 「うん」
 「あの、ね……」

 それからわたしは、小学生の時の出来事をかいつまんで話した。朱李ちゃんは百面相しながら、でも黙って聞いてくれた。

 「……そっか。だから水月、倉橋くんを見て青い顔してたんだね」

 一通り聞き終わって、朱李ちゃんはうんうん頷きながらそう言った。そして、わたしの頭を撫でる。無言で撫でてくるから、びっくりしてしまった。

 「朱李ちゃん?」
 「んー?」
 「あの……何で撫でてるの……?」
 「ん? 撫でたいから撫でてる。わたしの自慢の友だちだよ〜って」
 「朱李ちゃん……」

 じわっと涙が出てくる。だけど、ここで泣くのはちょっと変だなって思った。だから、朱李ちゃんにぎゅっと抱きつく。

 「水月?」
 「……」
 「みーづきさーん?」
 「……ふふっ。ありがと、朱李ちゃん」
 「どういたしまして?」

 間延びした呼び方をされて、わたしは思わず吹き出す。それから二人で笑って、一気に肩の力が抜けた。笑いすぎて、涙が出てくる。

 「あー楽しかった。……って、もうそろそろチャイム鳴りそう」

 中庭に立てられた時計の針は、あと十分程で五時間目が始まることを示していた。

 「ほんとだ。早く教室に帰らなきゃね」

 二人でささっと片付けて、教室に戻る。その時点で三分くらい時間に余裕があってほっとしたけれど、近くにいた倉橋くんがわたしにだけ聞こえる声の大きさで言った。

 「放課後、学校案内しろよ」
 「……わかった」

 頷くと、倉橋くんは「よっしゃ」と嬉しそうに笑う。既に友だちも出来てるみたいだし、その子たちに案内してもらえば良いのにね。だけどこれは約束だから、仕方ない。
 軽く息をつき、わたしは次の授業の準備に取り掛かった。

 ☆

 「角田」
 「……倉橋くん」

 放課後、わたしの所に倉橋くんがやってきた。逃げたかったとしても、出口の方に倉橋くんが立っているから無理だ。朱李ちゃんは塾のある日で、先に教室を出ているからここにいない。

 「学校、案内してくれるんだろ?」
 「……」

 大人しく彼について行こうとした矢先、誰かに「角田!」と呼び止められる。
 振り向けば、険しい顔をした野崎くんがこちらを見ていた。教室にはほとんど人がいないのに、まだ帰っていなかったみたい。

 「野崎くん……」
 「倉橋、角田を何処に連れて行く気だ?」
 「連れて行ってなんてないぜ。角田が自分から、オレのために学校を案内してくれるっていうから、よろしく頼もうとしてたとこ。な、角田?」
 「……う、うん」

 ぽんっと背中をたたかれて、わたしは頷く。
 どうしてだろう。野崎くんの顔をちゃんと見られない。視線をさまよわせ、うつむくしかない。
 そんなわたしを見かねたのか、野崎くんは普段の彼からは想像も出来ないような低い声で言った。

 「……とてもじゃないけど、喜んでやってるようには見えないぞ」
 「なんだよ、こまけぇな。野崎お前、こいつの彼氏でも何でもないだろ?」

 邪魔すんなよ。いかくする倉橋くんは、わたしの腕を掴んで引っ張ろうとした。思いの外その力が強くて、わたしは思わず「痛っ」と口からもれてしまう。

 「角田っ」
 「ああ、ごめんごめん。……ってことで、お前には関係ねぇから」

 伸ばしてくれた野崎くんの手を倉橋くんがはたき、わたしの腕を掴む強さを弱めた。
 わたしも軽く力を入れれば簡単に振り払えることはわかっていたけど、野崎くんの前では出来ない。ただされるがまま、倉橋くんに連れて行かれてしまった。

 (ごめんなさい、野崎くん。ちゃんと、後で説明するから……)

 わたしのまぶたの裏には、わたしを悔しそうに見つめる野崎くんの姿が焼きついていた。