野崎くんと話したことで落ち着いたわたしは、一日の授業を全て受けることが出来た。朱李ちゃんにはかなり心配されてしまったけど、ありがとうと言って笑えたのは彼のおかげだね。
「ね、わたしのファインプレーだったでしょ?」
「朱李ちゃん、自分で言ったらファインプレーじゃなくなっちゃうよ?」
「いいの! わたし的ファインプレー! 水月と野崎くんを……」
「わぁぁぁっ! こんなとこで言っちゃダメ!」
放課後、途中まで一緒に帰りながら、わたしは朱李ちゃんの口を手で塞ぐ。誰が聞いているかわからないんだから。
「……でも、おかげで落ち着いた。ありがとね」
「ふふ、どういたしまして!」
朱李ちゃんとはそれから五分もせずに別れて、塾に行くのを見送る。わたしは塾には通わずになんとか勉強についていけているけれど、それもいつまで可能かはわからない。
(帰って、宿題やらないとな)
少しだけ歩くスピードを速めた直後、電柱の影に誰かいることに気付いた。同じ中学の制服を着たその男子は、わたしを動揺させるのに十分な存在だった。
「どう、して……?」
「久し振りに会ったのに、一言も話せなかったからさ。同じ小学校出身の奴、ほとんどいないし。また仲良くしてくれないかなって思って、待ってたんだ」
「そう、なんだ。これからクラスメイトだし、よろしくね」
ちゃんと笑えているだろうか。どうしてもぎこちなくなってしまう気がして、わたしは軽く会釈してその場を去ろうとした。
だけど、倉橋くんは「待てよ」とわたしを呼び止める。
「……何?」
「言い方こっわ。良いのか? あのこと、中学でも言いふらすけど」
「…………え?」
さっと血の気が引く。もう大丈夫だと思ったのに。
ドッドッと嫌な心臓の鼓動を聞きながら、わたしは「何のこと?」と白を切ろうと試みる。
「何が言いたいのかわからないけど?」
「ふぅん……。小学一年の時、小一とは思えないくらいの力で人助けしてたよな」
「……っ」
「顔色悪いぜ? また言いふらしたら、お前どんな顔するんだろうな?」
「……おどし? そんなの勝手に」
勝手にやればいいよ。わたしには心強い味方がいる、そう信じて言い返そうとしたけれど、倉橋くんは先んじた。
「野崎が知ったら、どんな顔するかな?」
「――!」
思わず、言葉に詰まる。わたし自身が最も恐れていたことだから。誰よりもわたしが、野崎くんに嘘をついているから。
「一時間目、角田いなかったじゃん? 自己紹介の時、こいつもしかしてって思ってたから、先生と須藤が話してるのも聞いてたんだよ。そしたら、お前と野崎は欠席するって聞いてさ。ははーん、と思って」
「……」
黙って一歩下がるけど、それほど距離が離れたわけじゃない。倉橋くんはわたしの顔を見て、ニッと笑った。
「オレの言うこと聞くなら、黙っててやるけど?」
「……っ。万引きとか、そういう犯罪には加担しないよ」
「そんなことさせねぇよ。ただ当番代わってもらうとか、そういうことだ」
ニヤニヤ笑う倉橋くんの言うことを聞くのはしゃくだけど、わたし自身の秘密を守るためでもある。わたしはゆっくり呼吸して、倉橋くんを真っ直ぐに見た。
そういえば、彼が転校してきてから一度も真っ直ぐ見たことがなかったことに気付く。清潔感のある短髪でスポーツマンといった雰囲気だけど、いたずら小僧みたいな面影は残っていた。
「わかった。期限は?」
「オレの気が済むまで」
「……一ヶ月」
「しゃあねぇなぁ。じゃあ一ヶ月な」
じゃーな。楽しそうに笑いながら、倉橋くんが去って行く。彼の家は知らないけど、どうやらこっち側みたいだ。
(面倒なことになっちゃったな……。けど、一ヶ月だから)
呼吸を整えて、血の気が戻ってきていることを確かめる。それからようやく、わたしは家に帰るために歩き出す。
明日からの学校生活が不安だったけれど、これも自分の秘密を守るためだから。そう言い聞かせ、手をぎゅっと握った。
「ね、わたしのファインプレーだったでしょ?」
「朱李ちゃん、自分で言ったらファインプレーじゃなくなっちゃうよ?」
「いいの! わたし的ファインプレー! 水月と野崎くんを……」
「わぁぁぁっ! こんなとこで言っちゃダメ!」
放課後、途中まで一緒に帰りながら、わたしは朱李ちゃんの口を手で塞ぐ。誰が聞いているかわからないんだから。
「……でも、おかげで落ち着いた。ありがとね」
「ふふ、どういたしまして!」
朱李ちゃんとはそれから五分もせずに別れて、塾に行くのを見送る。わたしは塾には通わずになんとか勉強についていけているけれど、それもいつまで可能かはわからない。
(帰って、宿題やらないとな)
少しだけ歩くスピードを速めた直後、電柱の影に誰かいることに気付いた。同じ中学の制服を着たその男子は、わたしを動揺させるのに十分な存在だった。
「どう、して……?」
「久し振りに会ったのに、一言も話せなかったからさ。同じ小学校出身の奴、ほとんどいないし。また仲良くしてくれないかなって思って、待ってたんだ」
「そう、なんだ。これからクラスメイトだし、よろしくね」
ちゃんと笑えているだろうか。どうしてもぎこちなくなってしまう気がして、わたしは軽く会釈してその場を去ろうとした。
だけど、倉橋くんは「待てよ」とわたしを呼び止める。
「……何?」
「言い方こっわ。良いのか? あのこと、中学でも言いふらすけど」
「…………え?」
さっと血の気が引く。もう大丈夫だと思ったのに。
ドッドッと嫌な心臓の鼓動を聞きながら、わたしは「何のこと?」と白を切ろうと試みる。
「何が言いたいのかわからないけど?」
「ふぅん……。小学一年の時、小一とは思えないくらいの力で人助けしてたよな」
「……っ」
「顔色悪いぜ? また言いふらしたら、お前どんな顔するんだろうな?」
「……おどし? そんなの勝手に」
勝手にやればいいよ。わたしには心強い味方がいる、そう信じて言い返そうとしたけれど、倉橋くんは先んじた。
「野崎が知ったら、どんな顔するかな?」
「――!」
思わず、言葉に詰まる。わたし自身が最も恐れていたことだから。誰よりもわたしが、野崎くんに嘘をついているから。
「一時間目、角田いなかったじゃん? 自己紹介の時、こいつもしかしてって思ってたから、先生と須藤が話してるのも聞いてたんだよ。そしたら、お前と野崎は欠席するって聞いてさ。ははーん、と思って」
「……」
黙って一歩下がるけど、それほど距離が離れたわけじゃない。倉橋くんはわたしの顔を見て、ニッと笑った。
「オレの言うこと聞くなら、黙っててやるけど?」
「……っ。万引きとか、そういう犯罪には加担しないよ」
「そんなことさせねぇよ。ただ当番代わってもらうとか、そういうことだ」
ニヤニヤ笑う倉橋くんの言うことを聞くのはしゃくだけど、わたし自身の秘密を守るためでもある。わたしはゆっくり呼吸して、倉橋くんを真っ直ぐに見た。
そういえば、彼が転校してきてから一度も真っ直ぐ見たことがなかったことに気付く。清潔感のある短髪でスポーツマンといった雰囲気だけど、いたずら小僧みたいな面影は残っていた。
「わかった。期限は?」
「オレの気が済むまで」
「……一ヶ月」
「しゃあねぇなぁ。じゃあ一ヶ月な」
じゃーな。楽しそうに笑いながら、倉橋くんが去って行く。彼の家は知らないけど、どうやらこっち側みたいだ。
(面倒なことになっちゃったな……。けど、一ヶ月だから)
呼吸を整えて、血の気が戻ってきていることを確かめる。それからようやく、わたしは家に帰るために歩き出す。
明日からの学校生活が不安だったけれど、これも自分の秘密を守るためだから。そう言い聞かせ、手をぎゅっと握った。
