日曜日の午後、わたしは朱李ちゃんとファミレスで喋った。彼女が塾に行かなければならない時間まで。土曜の夜、わたしが野崎くんへの気持ちを自覚してしまったから。
そして、翌月曜日。どんな顔して教室に入れば良いかわからない。廊下で立ち往生していたら、背中をトンッとたたかれた。
「わっ」
「おはよう、角田。どした?」
「おっ、おはよう野崎くん……」
「おう。教室入ろうぜ」
野崎くんは、極めて普通だ。いつも通りの笑顔を見せてくれた後、先に教室に入って行った。
(……よし)
わたしもそっと教室に入って、既にわたしの席を占領している朱李ちゃんに駆け寄る。
「お、おはよう、朱李ちゃん」
「おはよ、水月。……見えたよ。野崎くんの後ろにいたの」
「うっ……」
「ふふ、よかったねぇ」
ニヤニヤする朱李ちゃんに「もうっ」と怒ってみせるけど、どうも効果はない。わたしは諦めて、彼女が退いてくれた席に座った。
「一昨日から、心臓が休まらないよ……」
「まさか水月からそんな言葉を聞くことになるなんて、わたしは嬉しいよ」
「うぅっ……」
反論する材料もなく、わたしは机の上に置いた鞄に突っ伏す。教室の前の方からもれ聞こえてくる野崎くんの声にすら意識が向いてしまうのだから、どうしたらいいのかわからない。
「……朱李ちゃんのせいだ」
「ふはっ! 何でよ。……あ、そうそう。ねぇ、水月」
「ん?」
話題が変わりそうだと思って顔を上げると、前の席を陣取った朱李ちゃんが頬杖をついた。
「今日、転校生が来るらしいよ。珍しいよね」
「休みの後とかじゃないのに、珍しいね。誰かが言ってたの?」
「そう。誰か、先生から聞いてみたい」
「ふぅん」
どんな子だろう。女の子か、男の子か。そんな話をしていた矢先、チャイムが鳴った。
☆
「今日は、転校生を紹介します。小学生までこの辺りに住んでたらしいから、もしかしたら知ってる人もいるかもね」
朝のホームルームで、先生がそう言った。ただそれだけなのに、わたしの心臓が嫌な音をたてる。
(いやいや、まさかね)
小学生の時に転校した、たったそれだけの共通事項で焦っても仕方ない。そう自分に言い聞かせるのに、何故か嫌な想像ばかりが膨らんでいく。転校生が、あの人だったらどうしよう。
一人内心パニックに陥っていたわたしの耳に、先生の「どうぞ、入って」という声が聞こえた。
転校生が教室に入ってきた途端、静かだった教室が騒がしくなる。その全てが、転校生に関するものだった。
(……何で)
その賑やかな中で、おそらくわたし一人が冷汗をかいていた。血の気が引いているのが自分でわかって、何とか落ち着こうと浅い呼吸を繰り返す。
(なんで、あの人なの!?)
だめだ、落ち着け。わたしは誰にもバレないよう、必死に呼吸を整えようとする。少なくとも今はまだ、転校生にわたしの存在を知られたくない。
それでも容赦なく、先生が転校生の名前を呼んだ。
「倉橋剣磨くん。みんな、仲良くしてくれると嬉しい」
「倉橋剣磨です。小学三年生までこの辺りと言うか、第三小学校に通ってました。父さんの仕事の関係でこっちに戻って来たので、これからよろしくお願いします!」
元気よく笑顔でそう挨拶し、倉橋くんは頭を下げた。わっと一際盛り上がる教室の中で、わたしは頭が真っ白になりかけていた。
「――だ……のだ。つのだ!」
「……え?」
はっと気が付くと、目の前に野崎くんがいた。机の向こう側にしゃがんで、わたしを見上げている。いつの間に、朝のホームルームが終わっていたんだろう。
「あれ? みんなは?」
「一時間目理科室だから、みんな移動したよ」
「え、でもじゃあなんで野崎くんはここに……?」
顔を上げて時計を見れば、既に一時間目が始まっている時間帯だ。前後の教室からは、授業の音が聞こえて来る。
ぼんやりしていたわたしが授業に遅刻するのはわかるけれど、野崎くんまでどうして?
すると野崎くんは、にやりと笑って種明かしをしてくれた。
「ホームルームの時、角田の様子がおかしいように見えたんだよ。で、終わってから見に来たんだけど、どれだけ呼んでも反応がなかった」
「えっ」
「須藤にも聞いたけどわからなくて、須藤に頼まれたんだよ。角田のこと見てやって欲しいってさ」
先生にも報告済みだから大丈夫だ。親指を立てる野崎くんに、わたしは開いた口が塞がらない。だけど、これはこれでよかったかもしれない。教室には、わたしと野崎くんの二人だけ。朱李ちゃんは、わたしたちの分まで授業を受けると言ってくれたらしい。後でちゃんとお礼を言わないと。
「それで、どうしたんだ? 今も顔色が少し良くないようだけど……」
「あ、のね。……っ」
こんなことを、クラスメイトに打ち明けて良いものだろうか。しかも、つい最近特別な人だと自覚したその人に。
(話して、嫌われたらどうしよう……)
ぐるぐると考えてしまって、喉に声がつかえている。俯き唇をかみしめることしか出来ないわたしに、野崎くんは気遣わしげな声でこう続けた。
「言いたくないなら、言わなくても良い。けど……角田が辛いのなら、俺は知りたい。矛盾してるけど、しんどそうな角田を見ているのは、俺も辛い」
「野崎くん……。言っても、良いの?」
「聞かせて、角田」
ぼろぼろと涙が溢れ始めて、余計に声が詰まる。それでも野崎くんが待っていてくれるから、わたしはどうにか声を外に押し出した。
そして、翌月曜日。どんな顔して教室に入れば良いかわからない。廊下で立ち往生していたら、背中をトンッとたたかれた。
「わっ」
「おはよう、角田。どした?」
「おっ、おはよう野崎くん……」
「おう。教室入ろうぜ」
野崎くんは、極めて普通だ。いつも通りの笑顔を見せてくれた後、先に教室に入って行った。
(……よし)
わたしもそっと教室に入って、既にわたしの席を占領している朱李ちゃんに駆け寄る。
「お、おはよう、朱李ちゃん」
「おはよ、水月。……見えたよ。野崎くんの後ろにいたの」
「うっ……」
「ふふ、よかったねぇ」
ニヤニヤする朱李ちゃんに「もうっ」と怒ってみせるけど、どうも効果はない。わたしは諦めて、彼女が退いてくれた席に座った。
「一昨日から、心臓が休まらないよ……」
「まさか水月からそんな言葉を聞くことになるなんて、わたしは嬉しいよ」
「うぅっ……」
反論する材料もなく、わたしは机の上に置いた鞄に突っ伏す。教室の前の方からもれ聞こえてくる野崎くんの声にすら意識が向いてしまうのだから、どうしたらいいのかわからない。
「……朱李ちゃんのせいだ」
「ふはっ! 何でよ。……あ、そうそう。ねぇ、水月」
「ん?」
話題が変わりそうだと思って顔を上げると、前の席を陣取った朱李ちゃんが頬杖をついた。
「今日、転校生が来るらしいよ。珍しいよね」
「休みの後とかじゃないのに、珍しいね。誰かが言ってたの?」
「そう。誰か、先生から聞いてみたい」
「ふぅん」
どんな子だろう。女の子か、男の子か。そんな話をしていた矢先、チャイムが鳴った。
☆
「今日は、転校生を紹介します。小学生までこの辺りに住んでたらしいから、もしかしたら知ってる人もいるかもね」
朝のホームルームで、先生がそう言った。ただそれだけなのに、わたしの心臓が嫌な音をたてる。
(いやいや、まさかね)
小学生の時に転校した、たったそれだけの共通事項で焦っても仕方ない。そう自分に言い聞かせるのに、何故か嫌な想像ばかりが膨らんでいく。転校生が、あの人だったらどうしよう。
一人内心パニックに陥っていたわたしの耳に、先生の「どうぞ、入って」という声が聞こえた。
転校生が教室に入ってきた途端、静かだった教室が騒がしくなる。その全てが、転校生に関するものだった。
(……何で)
その賑やかな中で、おそらくわたし一人が冷汗をかいていた。血の気が引いているのが自分でわかって、何とか落ち着こうと浅い呼吸を繰り返す。
(なんで、あの人なの!?)
だめだ、落ち着け。わたしは誰にもバレないよう、必死に呼吸を整えようとする。少なくとも今はまだ、転校生にわたしの存在を知られたくない。
それでも容赦なく、先生が転校生の名前を呼んだ。
「倉橋剣磨くん。みんな、仲良くしてくれると嬉しい」
「倉橋剣磨です。小学三年生までこの辺りと言うか、第三小学校に通ってました。父さんの仕事の関係でこっちに戻って来たので、これからよろしくお願いします!」
元気よく笑顔でそう挨拶し、倉橋くんは頭を下げた。わっと一際盛り上がる教室の中で、わたしは頭が真っ白になりかけていた。
「――だ……のだ。つのだ!」
「……え?」
はっと気が付くと、目の前に野崎くんがいた。机の向こう側にしゃがんで、わたしを見上げている。いつの間に、朝のホームルームが終わっていたんだろう。
「あれ? みんなは?」
「一時間目理科室だから、みんな移動したよ」
「え、でもじゃあなんで野崎くんはここに……?」
顔を上げて時計を見れば、既に一時間目が始まっている時間帯だ。前後の教室からは、授業の音が聞こえて来る。
ぼんやりしていたわたしが授業に遅刻するのはわかるけれど、野崎くんまでどうして?
すると野崎くんは、にやりと笑って種明かしをしてくれた。
「ホームルームの時、角田の様子がおかしいように見えたんだよ。で、終わってから見に来たんだけど、どれだけ呼んでも反応がなかった」
「えっ」
「須藤にも聞いたけどわからなくて、須藤に頼まれたんだよ。角田のこと見てやって欲しいってさ」
先生にも報告済みだから大丈夫だ。親指を立てる野崎くんに、わたしは開いた口が塞がらない。だけど、これはこれでよかったかもしれない。教室には、わたしと野崎くんの二人だけ。朱李ちゃんは、わたしたちの分まで授業を受けると言ってくれたらしい。後でちゃんとお礼を言わないと。
「それで、どうしたんだ? 今も顔色が少し良くないようだけど……」
「あ、のね。……っ」
こんなことを、クラスメイトに打ち明けて良いものだろうか。しかも、つい最近特別な人だと自覚したその人に。
(話して、嫌われたらどうしよう……)
ぐるぐると考えてしまって、喉に声がつかえている。俯き唇をかみしめることしか出来ないわたしに、野崎くんは気遣わしげな声でこう続けた。
「言いたくないなら、言わなくても良い。けど……角田が辛いのなら、俺は知りたい。矛盾してるけど、しんどそうな角田を見ているのは、俺も辛い」
「野崎くん……。言っても、良いの?」
「聞かせて、角田」
ぼろぼろと涙が溢れ始めて、余計に声が詰まる。それでも野崎くんが待っていてくれるから、わたしはどうにか声を外に押し出した。
