––––––たった数分。でも、忘れられない時間。
「 え、プリント、まだ出してなかったの? 」
放課後の教室で荷物をまとめていると、
篠原くんがプリントを一枚持ってきた。
配られた授業プリント――
出すのをすっかり忘れていたのは、私だった。
「 わ、やば......完全に忘れてた 」
焦ってカバンの中をひっくり返す私の横で、
彼がふっと笑う。
「 置いといたよ、机の上」
「 え、ほんと? ごめん......助かった 」
私の机に確かにあったその紙は、篠原くんが気を利かせて預かっていてくれたものだったらしい。
なんでもない、ただのプリント。
でもその行動が、
自分のことを “ 気にかけてくれてた ” 証拠みたいに思えて、
心が少し浮く。
「先生に出してきてくれたんだよね? 本当ありがと」
「ついでだよ。……ってか、帰るの? もうちょいここいていい?」
「え、うん……別にいいけど」
少し驚いて振り返ると、彼は自分の机に戻って、
軽くストレッチみたいな姿勢で背中を伸ばしていた。
教室には、もう誰もいなかった。
ポツンとふたり。
それだけなのに、心臓の鼓動がさっきよりずっと大きく感じる。
「……なんか、今日静かだね」
「うん。放課後ってこんな感じだったっけ、って思った」
ぽつぽつ交わす会話。
沈黙もあるけど、それを埋めようとしなくても、なぜか心地よかった。
窓の外では、運動部の掛け声が遠くに聞こえる。
だけどこの教室だけ、時間が少しだけ止まっているようで。
「こういう時間、なんか好きだな」
彼がぽつりとこぼした言葉に、私は返事をしなかった。
しなかったけど――きっと、笑ってしまっていたと思う。
うれしくて、ちょっと照れて、言葉にできなかった。
**
その日は、ほんの数分だけ。
プリントのことも、何を話したかも、たいしたことじゃなかったはずなのに。
でも、
「ふたりきりの教室」っていう出来事だけが、心にふわっと残った。
私はまだ、君の隣にいる理由をうまく言葉にできない。
だけど、こういう時間があるたびに、
きっと私は、もっと君を好きになってしまう。
