──それは、何でもない“偶然”のはずだった。
4月の終わり、曇り空の午後。
新学期に少しずつ慣れてきたころ、
クラスでは早くも最初の "席替え" が行われた。
「 じゃあ、くじで決めるよー 」
なんて、先生の軽い声とともに、一人ずつ名前が呼ばれていく。
私の心は、特別な期待も特になく、
ただ「変な位置になりませんように」
......なんて、ぼんやり祈っていた。
でも、その時。
私の隣の席に座ったのは、 ” 篠原くん ” だった。
クラスの中心、ってわけじゃないけど
何となく話しかけやすい雰囲気を持っていて、
誰にでも自然に笑える人。
私はほとんど話したことがなかったけど、
彼の名前は、何となくずっと頭に残っていた。
「 よろしく。.........あ、前の席、誰だっけ? 」
─── その一言が、最初だった。
私に向けられた、彼の声。
ほんの小さなきっかけだったのに、
なぜか、その日一日ずっと、頭から離れなかった。
返した「よろしくね」も、
少し声が上ずってしまって、
自分でも気づいて恥ずかしかった。
授業中、ふと横を向けば彼がいて。
黒板の文字が見えにくい時にそっとノートを覗かれたり、
先生の冗談に、小さく笑っていたり。
そんな、何気ない一つ一つの仕草を、
私は自分でも知らないうちに、
目で追うようになっていった。
*
「 なにそれ、字ちっちゃすぎ笑 」
プリントの余白に書いた自分のメモを、
篠原くんが覗き込んで笑う。
その時の声がやけに近くて、
耳の奥がじんと熱くなる。
「 み、見ないでよ、 」
そう言いながら、私はノートをバタッ、と閉じた。
でも、心の奥では――
こんな風に話せる距離が、
ちょっとだけ、
嬉しかった。
たった数文字の会話。
たった数センチの距離。
だけど、そのすべてが、私の中で、少しずつ「特別」になっていく。
このときの私はまだ、
この席替えが、たった一度きりの “恋のチャンス” になるなんて、思ってもいなかった。
