蛍火のような恋だった


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今日も、俺は変わらず蛍のもとへ向かっていた。

休日の朝、最初に会いに行くのはいつだって蛍だ。

けれど、あの日から彼女は目を開けることなく、静かに眠りつづけている。

季節は移ろい、街の景色はすっかり秋の色をまとっていた。

あと二日で、俺は誕生日を迎える。

その日だけは、眠りから目覚めて、いつもの声で「おめでとう」と言ってくれるんじゃないか――

そんな淡い願いを、どうしても捨てきれずにいた。


と、ポケットのスマホが小刻みに震える。
画面を見ると、山田からの着信。胸がぎゅっと締め付けられる。

「…もしもし」

声は震えていて、かすかに聞き取れる程度だった。


「蛍の心臓、止まっちゃうかもしれない…」

その瞬間、世界の音が少し遠のく気がしてーーー


気づけば、体は勝手に動き出していた。

「蛍!」

街路樹の葉が揺れる音も、足音の反響も、全部が背中を押してくれる。

人生の中で、きっと一番早く走った瞬間だった。