一度覚悟を決めてしまえば、涼との時間は穏やかなものだった。
涼の方も積年の恨みよりも再会できた喜びが大きかったらしく、落ち着いて話をすることができた。
もちろん柚葉が大きな秘密を抱えていることに変わりはなく、長居をしてはいけないという気持ちは常にあったが、柚葉にとっても幸せなひと時だった。

「私、これで失礼するわ」

小一時間ほど話をした後、柚葉は目を伏せて席を立つ。
この時、柚葉は何を言われてもこのまま店を出る覚悟だった。

「また逃げるのか?」

少し強くなった涼の口調に、柚葉の肩がピクリと反応した。
しかし、柚葉は必死に平静を保ちながら答えた。

「ごめんなさい、約束があるの?」

これは、半分嘘。
柚葉は祖母に預けてきた莉奈の元に戻るつもりだった。

「じゃあ今夜7時にもう一度ここで」

立ち去ろうとした背中に投げかけられた涼の言葉に、柚葉は返事をすることなく歩き出した。