「いらっしゃいませ」

新しい客が入ってきた気配と店員の声で、柚葉も店の入り口へと視線を向けた。
その瞬間、柚葉はまた動けなくなった。
客として店に入ってきたのは、涼だったのだ。
すれ違う人影でも、遠くから見かけた横顔でもなく、柚葉と視線が合うとまっすぐにこちらへと向かってくる涼。

―――嘘。

柚葉は視線を外すことすらできず、ただじっと固まっていた。

「久しぶりだな」

それは4年前別れて以来、初めて聞く涼の声。
少し低音で穏やかで、柚葉はこの声が大好きだった。

「柚葉」

今度は名前を呼ばれ、柚葉は胸が締め付けられるような感覚を覚えた。
早くこの場から立ち去らなければいけないと頭の中では理解しているのに、身動きひとつできない。
懐かしくて愛しいその感覚は、今でも涼のことを愛しているのだと思い知らされた。

「俺のこと、忘れたか?」

座ったまま何の反応も示さない柚葉に、涼は苦笑いしながら再度問いかける。

―――あなたのことを忘れたことなど一度もないわ。

言葉にすれば溢れてしまいそうな感情に蓋をして、柚葉は無言のまま涼を見つめ返した