涼の実家がお金持ちなのは柚葉にもわかっていた。
しかし、当時の柚葉にとっての涼は大阪に住む一介のサラリーマンでしかなく、付き合う中で住む世界の違いを感じたことはなかった。
だが、そんな穏やかな時間は涼のフィアンセを名乗る速水玲奈の登場によって一変した。
突然現れた玲奈は、涼の実家である神崎家とも交流があり両親公認の婚約者だと名乗った。
もちろん涼自身から彼女について聞かされた事はなかったが、昔からの知り合いなのは間違いないようで、玲奈の話すべてが嘘ということでもないようだった。
それまで大阪で一人暮らしだった涼の海外勤務が決まり、「一緒に連れて行きたい女性がいる」と両親に話したことがきっかけで柚葉の存在を知った玲奈が現れたらしい。

「あなた、わかっているの?彼には約束された未来があるのよ」
「彼は言わないでしょうけど、彼の家族はあなたを認めていないわ。」
「あなた、涼の人生を滅茶苦茶にするつもりなの?」
そう言って玲奈は柚葉に詰め寄った。

じわじわと追い詰められ精神的にも参ってしまった柚葉は、これ以上涼の負担になりたくはないと静かに去ることを選んだ。