柚葉がこの旅館を継ごうと決心した時、そんなに利益が出なくても祖母が必死に守ってきた旅館とともに穏やかに生きていければいいと思っていた。
旅館経営に野心があったわけでもなければ、お金儲けが目的でもなかった。

「実はこちらの旅館の買取の件でお邪魔いたしました」
「買取ですか?」

どうやら、スーツを着た男性2人はこの旅館を売り渡してほしいと言いに来たのだった。

「建物の老朽化や現在の経営状況、経営者であるおばあさまの年齢を考えると、悪い提案だとは思いませんが?」
「この旅館の経営者は祖母です。旅館をどうするかは祖母が決めることです」

地方にある小さな温泉宿の、それも築50年を超える古い建物を買い取りたいなんて何を考えているんだろう。
何か裏があるような気がして、柚葉は急に怖くなった。