「おはようございますヴァレル様。朝食の用意ができましたよ~!」
ヴァレル様のお部屋のドアを叩きながら、私がそう言うと。
「おはよう。5分後に行く」
お部屋の中から、そんなヴァレル様の声が聞こえてきた。私はヴァレル様に声をかけると、ダイニングルームに向かった。
────ギィ……
ダイニングルームのとてつもなく長いテーブルに腰かけていると、ヴァレル様が来た。ヴァレル様はダイニングルームに入ると、入り口傍のテーブルに腰かけた。
炎のように真っ赤なロングヘアにオレンジの瞳。色白で、端正なお顔立ちのヴァレル様。いつ見てもお美しい容姿。だけど……ヴァレル様のことをみな「魔王」と呼び、忌み嫌っている。
ヴァレル様はリルーム王国の王子なんだけど、ある日リルーム王国に攻めてきた黒魔族らを倒すために、ヴァレル様はご自身の力を使いそして、黒魔族らを倒した──……が同時に、自国を人々ごと潰してしまったのだ。
ヴァレル様は強大な力を持っているけど、その力が大きすぎてコントロールができないのだ。
その後、ヴァレル様は再生の呪文を唱え、国も人々も元通りに戻した……けど、敵を倒すためとはいえ、一度国を滅ぼしそして、国の人々全てを皆殺ししてしまったヴァレル様の力を恐れた国王は、ヴァレル様をリルーム王国より追放したのだ。
確かに、ヴァレル様はやりすぎてしまったけど……でも、結果的にヴァレル様は王国や人々を守ったのに。追い出さなくても……
まあ、その時私もヴァレル様に身を滅ぼされたし、ヴァレル様と結婚しないといけなくなった時は「終わった」と思ったし、怯えまくってたけど──……でも。
「お……このスープ美味いな」
「そうですか?お口に合って良かったです!」
「すまんな……お前は私の妃なのに。メイドのようなことをさせてしまって……」
「いえ、仕方ないですよ。それに私は、お料理もお洗濯もお掃除も大好きですし!」
「……すまんな。ありがとう」
何十メートルも離れた入り口傍のイスに座りながら、申し訳なさそうな表情をしながら微笑んだ。
私がヴァレル様の妃になってここに来た翌日に、執事やメイドなど、この城にいた使いの者たちが一斉に逃げたのだ。だから今、このだだっ広い城に居るのは、ヴァレル様と私だけだ。
◇
「ふぅ……あ、ヴァレル様!」
「ああ、リリア」
洗濯物を干し終え、今度は庭のお花に水をあげようとしたら、ヴァレル様が先にお花に水をあげていた。
「いいですよ、私やります!ヴァレル様にそんなことさせられません!」
「花の水やりくらいさせてくれ。それに、私は花が好きなんだ。特に、水に濡れた草花が好きでな。水を吸って、いきいきと煌めく瞬間を見てると……癒される」
優しく微笑みながらそう言うヴァレル様。
────触れたい。
私はそう思いながら、ヴァレル様の方に歩み寄ろうとする。けど。
「──リリア、これ以上近づくな」
ヴァレル様はお花に水をかけながら言った。
『常に、私から5m以上離れろ。それ以上は近づくな』
私がヴァレル様の妃になった時に、ヴァレル様に言われたことだ。万が一力が暴走した時のために、これくらい距離を離していた方がいい……とかで。
……ヴァレル様の力が発動したら、このくらいの距離じゃあまり意味がないと思うけど……なんて思ったり。
「……」
お花に水をかける、ヴァレル様。柔らかに微笑みながら、けれどもどこか寂しげな表情をしていて。
私は遠くからヴァレル様を見つめながら、両手をきゅっと握る。
……本当は、この手でヴァレル様の手を握りたい……触れたい。あの背中に抱きつきたい。そして……抱きしめられたい。
「……ヴァレル様は私に触れたいですか?」
「ん?今何か言ったか?」
「……いいえ、なんでもございません」
いつか、ヴァレル様のお隣に立てる日が……あの繊細で白く美しい手に触れられる日が来ますように。
ヴァレル様が、強き力に悩まされない日が訪れますように────
水やりするヴァレル様を見つめながら、そんなことを祈るのだった。



